窮鼠はチーズの夢を見て、幼女は氷河の夢を見た。

先日、withコロナとなってからはじめて映画館へ足を運んだ。
SNSで話題の映画「窮鼠はチーズの夢を見る」を観るためだ。

原作：水城せとなの作品を読まずに映画を観たが、映画館を出たあと漫画版をソッコーでダウンロードするほどハマった。

「完璧な人をみんな探していると思ってるんですか？
貴方はそういう相手しか好きになれないんですか？」

映画でも漫画でも出てくる、このセリフに、私は初恋を思い出した。

恋をするってことは完璧な人を探して好きになることではない。

20代のころ、友達から
「誰かいい人いたら紹介してよ！」と言われることあったが、紹介したところで恋に発展しなかった。
それどころか、みんな
「（恋愛する上で）悪い人」に恋をした。

恋をするとは、そういうことではないか。

1986年、私は聖闘士星矢のキグナス氷河に恋をした。

当時の私は、保育園に通う年長さんである。
保育園児の恋など馬鹿げていると思うかもしれないが聞いてほしい。

私がキグナス氷河に出会ったのは、土曜日に放映されていたアニメ「聖闘士星矢」の中だった。

金髪イケメン。
皮肉屋・クール、そして強い氷河。
「かっこいい！」
一目惚れだった。

氷河のことをもっと知りたい。
氷河のことをもっと見たい。

いつしか週に一度のアニメだけでは物足りなくなっていた。

同じく聖闘士星矢のキャラクター「アンドロメダ瞬」にハマった姉と一緒に、コミックスを買い、ジャンプを毎週読むようになった。

強烈にキャラクターが好きになり、その全てを知りたくなったのは、氷河が初めてだった。

クールでかっこいい氷河。

しかし、漫画を読み進めていくうちに、彼の過去や抱えている問題について知ることになる。

「え、全然クールじゃないし。むしろ女々しいし、なんというかカッコ悪い」

完璧でかっこいい氷河でないことに、がっかりしたのだ。

ひどい話だ。
一方的に好きになって、一方的に冷めた。

姉からの「氷河って弱いんだね」とう言葉も効いた。

心のどこかで姉が大好きなアンドロメダ瞬を
「お姉ちゃん、なんでこんな気持ちが弱い奴が好きなの？男見る目ない。それに比べて、私の大好きな氷河は強くてクールで完璧♡」
と思っていたからだ。

物語の「戦わないことで戦う」を貫こうとするアンドロメダ瞬は筋が通っている感すらあった。

氷河を好きでいることが、恥ずかしくなった。

これだけ好きになったのだから、氷河はクールでかっこよくいてほしかった。

それから私は
「紫龍、かっこいいよね」
「一輝が一番強んじゃないかな♡」
など聖闘士星矢の他のキャラに目を向けるようになった。

さらに、聖闘士星矢以外の漫画やアニメ「ミスター味っ子」の下仲良くん、「鎧伝サムライトルーパー」の征士、「魔動王グランゾート」のラビなど、金髪＆イケメン縛りで好きになれそうなキャラクターを探した。

「もう、私は氷河なんか好きじゃない」
そう思い込もうとした。

好きになれる誰かをさがしても、ずっと氷河の悲しいエピソードや彼が苦悩するシーンが頭を駆け巡る。

そして、気づいた。

「氷河の強さは弱さからなんだ」

でも氷河は14歳にして、めちゃくちゃ強くてクールに成長した。

それってとっても「かっこいいこと」では！？

もちろん、氷河の心の傷が完全に癒えたわけではない。

「自分と同じぐらいの歳（7歳）でママを失うなんて、どんなに悲しかったことだろう。」

自分だったら耐えられない。

でも過去を抱えながら、強くあろうとする彼に私は…。

氷河を守ってあげたいと思った。

氷河を救いたいと思った。

「…氷河って可愛い」

という新しい感情が私に芽生えた。

「可愛い」っていうのは、「愛す可し（あいすべし）」って書くんですよ？

漫画「窮鼠はチーズの夢を見る」今ヶ瀬のセリフだ。

私には「愛す可し」という恋心があったことを思い出した。

「心底惚れるって、その人だけが例外になっちゃうてことなんですね」

キグナス氷河は、私に例外をつくった男。

現実には存在しないけれど、この初恋は確かに私の記憶の中にあった。

「窮鼠はチーズの夢を見る」は、記憶の片隅だけれど、確かに存在する恋の思い出を引き出してくれる。

脳の処方箋みたいな作品だ。

イケメンの絡みが見られる♡
ぐらいの興味本位で観に行った、映画「窮鼠はチーズの夢を見る」。

セリフひとつひとつが、記憶の彼方にあった恋を思い出させてくれる。

あの時の気持ちで、もう一度。
氷河を思いながら、映画館で「窮鼠はチーズの夢を見る」を観ようと思う。