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蝶に姿を変えた先生・故人の愛情に気づいた日

「故人が虫に姿を変えて現れる」という話を子供のころに聞いたことがありました。

家に虫が舞い込んで来た時には「おじいちゃんかな?おばあちゃんかな?」と、じ~っと観察したものです。

そして20代半ば過ぎた頃、ある黒い蝶と出会いました。

「養女においで」冗談ぽく言っていた先生

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赤ちゃんの時から、お世話になっていた小さな診療所。

「先生夫婦」ふたりだけの本当に小さな診療所。

次に患者さんがいない時は、母と一緒によく先生と長話をしていました。

子供がいない御夫婦で、私が小学生の頃は「養女においで」とたまに冗談ぽく言う事がありました。

私は、もちろん冗談として受け取り、ただ笑っているだけ…。

ある日、先生の自宅のベランダにテーブルと椅子が置いてあり、そこでコーヒーを飲むと話してくれた事がありました。

「今度、コーヒー飲みにおいで」と言った先生。

言葉通り受けとる子供だった私。

心の中で、『私、まだコーヒー飲めないし、、、』と本気で困りました。(私が何を飲もうが先生は構わなかったと思いますが)

『先生のおうちまで行って、何を話せば良いの?』と思い、モジモジしながら笑って先生の言葉を流してしまいました。

私が就職した時は、就職祝いにお財布を贈ってくださったので、お返しにネクタイをプレゼント。

グレーのストライプの柄に薄いピンクのストライプが控えめに入ったデザインです。

「あの少しピンクが入っているところが良い」と喜んでくれた先生。

先生のお見舞いに行かなかった・行けなかった

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だんだんと私は診療所に行かなくなったのですが、ある日、先生が大病で入院したと聞きました。

お見舞いに行こうと思っていましたが、毎日の慌ただしさで結局行かずじまい。

何よりも闘病している先生と、どう向き合って良いのか分かりませんでした。

なんて声をかければ、、、。

「ベッドに寝れる状態でなく、固いタイルのような所で寝ている」と聞き、大変な状況なんだと察しました。

とても、会いに行く勇気が出ません。

今思えば勇気を出してお見舞いに行き、一言「先生来たよ」と声をかけるだけでも良かったのではと、、、。

やがて先生の訃報を知り、家族と自宅マンションまでお線香をあげに伺うことに。

先生の自宅に着くと、奥さんと親類の女性がいらして、先生の話を聞かせてくださいました。

親類の女性は「お医者さんだったから、この先『自分がどうなるか』分かってしまうから可哀想だった」と。

繊細な方だったので、どんなに怖かったことでしょう。

何も出来なかった、、、というより、何もしなかった自分。

何を思っても、もう全てが遅い。

先生の面影を探すように部屋を見渡しました。

無駄な物がない整然とした綺麗な部屋が先生らしい。

ベランダに目を移すとテーブルと椅子が。

『あのテーブルでコーヒーを飲んでたんだ』

『思いきって遊びに行けば良かったな、、、』

たくさんの“後悔”と、先生にご挨拶出来たという“ホッとした気持ち”の両方を抱えながら、先生のマンションを後にしました。

突如現れた黒い蝶々

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マンションの敷地を出た後、突然、黒い大きな蝶が後ろから現れました。

陽の光の中、羽をヒラヒラさせて飛んでいます。

本当に立派で美しい黒い蝶。

「珍しいなぁ」とつぶやく父。

確かに、この辺りで今までこんな立派な蝶は見たことがありません。

始めは気にしなかったのですが、しばらくして「あれっ?」と思いました。

その蝶は、私たち家族の歩調に合わせるようにずっと私たちの傍を飛んでいます。

それも嬉しそうに「気づいて」と言わんばかりに羽を大きく、はためかせています。

「もしかして、先生かも」私がポツリと言いました。

父は笑い飛ばすだろうと思いましたが意外にも「そうかもなぁ、、、」と一言。

とっくに通りすぎても良いはずなのに、私たち家族から離れません。

私は心の中で呟きました。

「先生、分かってるよ。ありがとう」

先生を見るように黒い蝶を見つめました。

少しすると蝶はヒラリと方向を変え、もと来た道をまるでマンションに帰るかのように飛んでいきました。

それは、ものすごい速さで、あっという間に姿が見えなくなった黒い蝶。

あんなに早く飛べるのだから、しばらく私たち家族と一緒にいた事は特別な事にしか思えませんでした。

心いっぱいに伝わってきた愛情

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家に帰ってからも、心というか魂というか、とにかく先生の愛情が私の中いっぱいに伝わってくるという何とも言えない感覚に襲われました。

「養女においで」あの言葉は先生の愛情表現だったんだ。

もちろん、実際行動を起こそうとは思ってなかっただろうけど、それくらいの気持ちを向けてくれてたんだ、、、。

強烈な、でも温かな何かが私に満ち溢れていたのです。

それは、とても言葉では説明出来ない感覚的なもの。

すると、その時偶然にも母が言いました。

「『養女においで』って言ってたの、あれ本気だったかもね」

私は母の言葉でさらに胸がいっぱいになり、うなずくのがやっとでした。

その日以来、つい黒い蝶を探している自分がいました。

しかし、一度も姿を現す事はありませんでした。

でも、寂しくはありません。

あの時は私たちが気づくように、たまたま蝶の体を借りただけ。

見えないけれど先生の心は生きていると分かっているから、、、。



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