行動経済学から考える運用型広告の落とし穴。ヒューリスティクスとは何か?
■はじめに
最近気になっていることがあります。それは「運用型広告における意思決定において、同じデータを見ているにも関わらず個人差が生まれるのは何故か?」です。
これを考えるにあたって行動経済学が参考になるのではないかと考えまして、2002年にノーベル経済学賞を受賞されたダニエル・カーネマン先生の書籍「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?」を手にとったところ非常に面白くて、学びが多かったです。私自身の備忘録のために、書籍を通じて考えたことをまとめてみたいと思います。運用型広告の担当者向けではありますが、興味があれば読んで頂けると嬉しいです。
■図解:ファスト&スローの登場人物
ダニエル・カーネマンのファスト&スローを参考にしたバイアスとヒューリスティクスの関係を図示してみると、おおむね以下の通りです。
※システム1、システム2は、心理学で広く使われる名称であり、それぞれが能力、欠陥、役割を持つ独立の主体(架空の存在)
■要約:ヒューリスティクスとは
直感的思考がとる単純化された「近道」をヒューリスティクスと呼んでいます。この直感による「近道」は経済的で、効率的だけど、ときどき系統的で予測可能なエラーを引き起こす。(システム1の欠陥とされる)ヒューリスティクスによってきわめて多くのバイアスが形成される。最後に、運用型広告プレイヤーが陥る可能性があるヒューリスティクスと引き起こされるバイアスの例に触れてみたいと思います。
■要約:バイアスとは
行動経済学で扱うバイアスとは、システム1(速い思考)において、ある特定の状況で決まって起きる系統的エラーのことを指します。多くのバイアスはヒューリスティクス(直感的思考がとる単純化された近道)によって引き起こされるヒューマンエラーとされています。
■要約:システム1(速い思考)とは
・「衝動的で直感的である」「自動的に働くシステム」
・バイアスはシステム1に影響を与える
・専門知識とヒューリスティクスによる直感的思考を含む
・知覚と記憶による自動的な知的活動を含む
・システム1は、印象、直感、意志、感触をシステム2に供給する
・本来の質問を易しい質問に置き換えて答えようとするきらいがある
・有名な「損失回避」や「自分の見たものがすべて(WYSIATI)」はシステム1の性質を指す(正確にはバイアスではない)
■要約:システム2(遅い思考)とは
・「論理的思考能力を備えている」「努力を要するシステム」
・複雑な計算といった困難な知的活動にしかるべき注意を割り当てる
・一部の人のシステム2は怠け者である
■代表的な4つのヒューリスティクス
ここでは書籍で紹介される4種類のヒューリスティクスを簡略化して整理してみます。
■1:感情ヒューリスティック
好きか嫌いかによって判断を下すヒューリスティクスを感情ヒューリスティックと呼ぶ。感情的な要素が多く絡むと、本来は論理的思考力を備えるシステム2が、システム1の感情を批判するのではなく、擁護に回る傾向が強まる。(システム1の監視役ではなく、保証人になってしまうことがある)
■2:代表性ヒューリスティック
「物体AがクラスBに属す確率」「事象AがプロセスBから生じた確率」「プロセスBが事象Aを生じさせる確率」など様々な確率を見積もるとき、多くの人は代表性ヒューリスティックに頼る。代表性ヒューリスティックでは、AがBをどれほど代表しているか、つまりAがBにどれほど似ているか、その度合いで確率を評価する(ステレオタイプとの類似性にだけ着目して、予測における基準率といった重要な要素を無視してしまう)このようなヒューリスティクスを代表性ヒューリスティックと呼ぶ。
■3:利用可能性ヒューリスティック
情報が入手しやすいもの、印象に残りやすいものといった近性や顕著性の影響を強く受けるヒューリスティクスを利用可能性ヒューリスティックと呼ぶ。利用可能性ヒューリスティックは「検索のしやすさに起因するバイアス」「想像しやすさに起因するバイアス」「錯誤相関」など、事例の思い出しやすさに起因する多くのバイアスの元となる。
■4:固着性(係留と調整)ヒューリスティック
このようなアンカー(錨)による影響を係留効果(アンカリング)と呼ぶ。固着性(係留と調整)ヒューリスティックは、システム1、システム2に両方影響を与えるとされている。係留効果(アンカリング)はシステム1へ、(慎重な)調整はシステム2へ影響する。
■メモ:各ヒューリスティクスに起因するバイアス
書籍の内容を参考に、ヒューリスティクスが引き起こすバイアスをメモ書き程度に一覧にしておく(詳細は書籍を参照)
■事例:運用型広告の現場で起こるヒューリスティクス
直感によるヒューリスティクス(近道)はおおむね経済的で、効率的である一方で、ときどき系統的で予測可能なエラーを引き起こす。運用型広告におけるバイアス(系統的エラー)を防ぐために、ヒューリスティクス(近道)とその結果好ましくない判断を招いたケーススタディを振り返る。私が見たり、聞いたり、実際に体験したであろうヒューリスティクス(近道)の例を記載してみる。
感情ヒューリスティックの例:
代表性ヒューリスティックの例:
利用可能性ヒューリスティックの例:
固着性(係留と調整)ヒューリスティックの例:
■おわりに:バイアスだけではない。ノイズの存在。
広告アカウントの改善プランを考案するために、2名の広告運用担当者が協力して1社のアカウント分析を行った場合、多かれ少なかれバイアスがかかった2名による分析結果と改善プランが提出されることになります。(前提としてそう考えるのが健全です)その2名の分析結果と改善の方向性が全く異なるということは珍しくないはずです。
「あなたなら、どちらの意見を取るか?」
と訊かれた時に、きっと頭を抱えるでしょう。
ノイズとは、個人ごとのばらつきによる、判断の不安定な変動を指しています。このようなノイズxバイアスの困難な状況をダニエル・カーネマンは「ノイズが多くて、バイアスもかかっている」と表現しています。組織における判断の難しさについては、2021年12月に出版された「NOISE : 組織はなぜ判断を誤るのか?」にて言及されている。
【引用】意思決定の「ノイズ」 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文 ダイヤモンド社
ヒューリスティクス、バイアス、そして不安定さを助長するノイズの存在。運用型広告の難しさを痛感した上で、私達はどう向き合うか?考えさせられる面白い書籍でした。興味を持たれた方は以下の参考文献を手にとってみてはいかがでしょうか?
ダニエル・カーネマンは著書にて、ヒューリスティクスの有用の高さを前提にしながら「時折バイアスといったヒューマンエラーを引き起こす」と論じています。この欠陥にばかり目を向けないようにしながらも、どう向き合うか?を考えたいものです。それではまた。
【参考文献】
ダニエル・カーネマン ファスト&スロー(上)早川書房
ダニエル・カーネマン ファスト&スロー(下)早川書房
ダニエル・カーネマン NOISE 上: 組織はなぜ判断を誤るのか? 早川書房
ダニエル・カーネマン NOISE 下: 組織はなぜ判断を誤るのか? 早川書房
意思決定の「ノイズ」 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文
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