ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 プロローグ⑤ ~U.C.0079.12.25
アーサー・ドーラン戦記 ~宇宙世紀パイロット列伝~
プロローグ5/6 チェンバロ作戦とアーサーの初出撃
U.C.0079 12月某日
戦況は大きく動いた。オデッサの大反抗作戦が成功し、連邦軍は勢いを取り戻した。要塞に閉じこもって事なかれ主義を貫くと思えたルナツー艦隊は、今や宇宙要塞ソロモン攻略を企図したチェンバロ作戦の切り札となるべく、艦隊戦の準備に余念がなかった。
ジャブローから打ち上げられた新造戦艦が次々入港した。地球で辛酸を舐めた兵たちとピカピカのモビルスーツを腹いっぱいに抱えていた。
既に地上でモビルスーツを運用していた部隊もあった。そうしたパイロット達は宙間機動訓練を難なくこなした。彼らの操縦技術は、ルナツーのパイロットのそれと比較にならない。ルナツーにも凄腕はいたが、ほとんどは集団戦闘の陣形を組むので精一杯なのをアーサーは知っていた。
皆、目が燃えていた。ここの兵も熱にあてられたように、彼らと待機所で膝を交えて鼻息を荒くした。
彼らの語る戦場は悲惨だった。皆口々にジオンへの憎しみを語った。
アーサーは今更ながらに、いかに恐ろしい戦争なのかを知った。それほどにルナツーは静かだったのだ。
目の前で戦友の死を看取った者たちの言葉は重かった。アーサーは少し悔しく、恥ずかしかった。ここでの戦闘は散発的なもので、戦争をしている感覚が薄かった。月へ向かった艦が戻らなかった時などは戦争の惨たらしさを思う程度だった。
自覚はあった。トーメは輸送艦なのだ、この11ヶ月どこへでも荷を運ぶことができたはずだ。司令の方針とはいえ、友軍へ送るべき物資が目の前に貯めこまれるのを黙って見ていた自分が、この戦争で何の役に立ったのだろうか。彼らに何をしてやれていたのかと悔やんだ。自分は何を守ったのだろう、と。
コロンブス級補給艦トーメは、チェンバロ作戦への参加が決まった。トーメはこの戦争で初めて、戦火の只中へ飛び込むこととなった。
U.C.0079 12月23日
トーメはその腹にモビルスーツをたらふく詰め込んで出航した。20機以上のモビルスーツを抱えなお余裕のある格納庫には、ビームライフルやマシンガン、弾薬、補修パーツ等がぎゅうぎゅうに押し込まれた。
アーサー率いる護衛モビルスーツ小隊は、3機のジムと武装した作業用ボール3機を与えられた。
アーサーの部下に二人のモビルスーツパイロットが補充された。マリアンナ・ジーノ伍長とマモル・ナリダ伍長はよく働く若者だった。二人ともまだ10代なのに、モビルスーツを巧みに動かすセンスがあった。
二人はよく口論になったが、内容は至極まともだった。モビルスーツのこと、フォーメーションについて。とかく小隊の動きで熱くなる二人の姿は、戦争ですり切れた瞳にまぶしく映るもので、すぐにクルーから可愛がられる存在になった。
皆、二人の情熱に戦争の先行きを重ねていた。重ねたかった。
顔を合わせて一月も経たないというのに、護衛小隊の連携はぎこちなさが消えつつあった。
アーサーからは二人の動きがよく見えた。マモルは遠くの敵によく気づく。索敵のセンスがあった。マリアンナは躊躇いがなかった。踏み込みが早く、射撃も早い。その上狙いが精確で、演習での撃墜数は小隊一だ。
この二人を最前線に送らなくて済むのなら、それが一番いい。アーサーは二人の若者を守ることを自身の責務と考えた。
補給艦の仲間、二人の若者、そして最前線へ飛び出していく兵たち。誰一人失いたくはなかった。
U.C.0079 12月24日
前から、上から、流れ弾が飛んできた。トーメから発艦したジム達が見えなくなるとすぐに爆発の光が瞬いた。誰かが墜とされたのだ。今出て行ったばかりの、昨日まで食事を共にした誰かが。
「本艦は現在位置で固定、友軍モビルスーツが戻りしだい補給受け入れを行う。甲板要員は格納庫レイアウトを即時補給型に変更急げ。」
艦長の声から緊張が伝わる。彼も戦場は初めてのはずだ。皆、目の前の光景が恐ろしかった。しかし負けられない。勝たねばならない。勝たねば……
急な警報が思考を妨げた。
「敵機接近! ザクです!」
一機が戦線を抜けて飛び込んできた。ものすごい加速だ。みるみる距離が縮まる。
光が見えた。マシンガンのマズルフラッシュだ。ザクが撃ってきたのだ。
「攻撃!げ、迎撃開始だ!」
艦長は慌てて指示を飛ばすが、操舵手は冷静だった。取り舵を切りつつ下腹を見せないよう器用に回避した。
「ザク!! くそっ!」 マリアンナが飛び出した。
「マモル!前へ出るぞ! マリアをフォローする」 自分でも驚くほど咄嗟に口をついて出た。
「……はい!」
アーサー小隊はマリアンナをフォワードにフォーメーションを組んだ。3対1、演習通りのシチュエーションだ。
マリアンナが牽制のビームを放ちつつ、敵の左に回り込む。間髪入れずアーサーが正面からビームサーベルで斬りかかった。
ーー大丈夫。シールドはザクマシンガンの衝撃を耐えるはずだ。やるんだ……!
ビームサーベルは避けられた。ザクは進行方向を変えずに軽くロールしただけでアーサーを抜き去った。しかし、ザクの正面にマモルのジムが跳びだした。
アーサーが斬りかかる直前、アーサー機の真後ろにマモルのジムが移動した。ザクの死角に入っていた。マモルはザクがロールしたのを見て、冷静にスラスターを軽く噴かし、ザクの真正面に出た。
ジムの放ったビームがザクを貫いた。モニターが閃光で覆われ、爆発の振動が装甲越しにコクピットシートを揺らした。
「撃ちます、ました!撃ちました……! 今……」
「え!あんたが撃ったの!? すごいじゃない!!」
「ありがとうナリダ伍長。本艦の損傷はなかった。君たちのおかげだ」
1分に満たない、一瞬の戦闘だった。
U.C.0079 12月25日
チェンバロ作戦は成功した。決戦兵器ソーラシステムが要塞を焼くのを、アーサーはジムのモニターではっきりと見た。
アーサー小隊はザク一機を撃墜した。あの後すぐ、後続に控えていた艦から後詰のモビルスーツ隊が発艦し新たな防衛線を形成した。小隊は彼らとともに防衛射撃を行い、抜けてきた敵機を撃ち落としていった。
圧倒的だった。ビームの雨が敵機を焼いた。数の力を実感した。目の前まで迫れる機体はなかった。
一方で、敵の攻撃が集中したのが、ワッケイン司令の率いた第三艦隊だった。例のホワイトベースもそこにいた。
ソロモンを放棄したジオン軍は中央突破をしかけ、第三艦隊と正面からぶつかっていたのだ。
後で知ったことだが、自分達ルナツー組は囮だったようだ。ティアンム提督の第二艦隊が主力として第三艦隊以上の規模をもって、ソーラシステム照射後にソロモンを制圧した。
アーサーは連邦軍の物量を理解していなかったのだ。後方で補給艦を守る自分たちは、戦力に数えられていたかも怪しかった。
ジムが、ボールが、戦闘機が続々と戻ってきた。出て行った機体が皆元の艦に戻るわけではなかった。損失に合わせて再編成され、あるものはライフルだけ受け取って別の艦へ、あるものは損傷した機体を置いて別の艦へ移動した。またある者は大破したモビルスーツの代わりを受け取りにやってきた。アーサーもジムで整備作業を手伝った。
アーサーの初めての戦闘は、こうして幕を閉じた。小隊に、母艦の仲間に被害が出なかったことを心から喜んだ。
プロローグ⑥へ続く