引用25時Ⅰ:梅原猛「スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』」『わが人生を語るテキスト版』より
私は、縄文人は嘘を言わないという美しい道徳をもつ人々だったけれども、稲作農業をもって日本をやってきたヤマト王朝の人々によって、その道徳もろともに滅ぼされたと考えています。ですから『ヤマトタケル』では、熊襲や蝦夷、伊吹山の山神を、悪役ではあるけれども高い道徳があり、彼らなりの正義をもつ存在として描いています。一方、ヤマト王朝の人々にも、日本を統一して平和を導くという正義があります。従来の歌舞伎は善と悪をはっきり分けて描いていましたが、『ヤマトタケル』において、私は正義と正義、つまり善と善のぶつかり合いを描いたのです。
ただ、三代目からは、ヤマトタケルが悪人のように受け取られては困るので、ヤマトタケルにもよい台詞を書いてほしいという要請がありました。そこで私は、三代目のために、「何か途方もない大きなものを追いかけて、わしの心は絶えず天高く翔けていた。その天翔ける心から多くのことをわしはした。天翔ける心、それがわしだ」という台詞を書きました。これは、ヤマトタケルが死ぬ悲しい場面の台詞ですが、三代目の素晴らしい演技によって、ヤマトタケルも善であり、敵対する熊襲や蝦夷も善である、という私の歴史観が見事に表された芝居になったと思っています。
(梅原猛「第10巻スーパー歌舞伎『ヤマトタケル』」『梅原猛わが人生を語るテキスト版』ユーキャン、2015._p.85-86)