ワーク・ライフ・イズ・デッド
ホワイト企業で働いているので子の体調不良時に使える休暇がモリモリある。
なお、妻の勤務先にはない。
そして6月に入ってから、ヨシタロウもヨシスケも、驚くほど毎週どちらかが発熱とか嘔吐とかなんかして、保育園を休んでいる。アデノウイルス、RSウイルス、インフル、夏風邪、ヒトメタ、流行ってるやつはだいたい全部やっているのに、コロナだけ誰もひっかからないのが逆にムカついてきている。
私はなぜか永遠に元気で、妻は子たち同様6月からずっと体調が芳しくない。
こんな状況なので、私も休みたい。だが休みが取れない。いや、取れなくはないが、取れない。ニホンゴ、ムツカシイ。
どういうことかというと、1日に2つくらいの訪問スケジュールがあり、その合間合間に5個くらいのオンライン商談が差し込まれるので、一日休むとなると、客先と社内関連部署とで合計20名くらいの予定をリスケするか、7商談分の申し送りを誰かにしないといけない。
だが事実上できない。だって、毎日だいたい7商談あるから、リスケの連絡をする時間も、誰かに申し送る時間も取れない。とはいえブッチぎるのも、私も会社もものすごいイメージダウンになる。
休みを取ることは違法ではないが、倫理上許されない。つまり私にとっては、いきなり休むことは不倫みたいなものである。そんなのMK5だ。
「上司とか部下とか同僚とかにフォローして貰えば良いのでは」
そう思う人もいると思います。
はい。
めちゃくちゃ、してもらっています。主に上司に。
「ここは別に芳川指名してる局面じゃないので、私は子どもの体調不良で休むって伝えとくので、悪いんですけど代わりに行ってもらえますか。嘘じゃないし。ほんとに体調不良だし。ちなみに〇〇さんは別件で長野、△△さんは函館にいて物理的に無理です」
「わかりました」
「ちなみに岡山県です 片道4時間弱かかりますけどサーセン」
「おかやま」
「私この日、大阪、神戸、からの三重なんでマジで無理です、指名されてるし。あとこの社内会議、新幹線から参加でも良いですか、時間がわからんので席がわからん、だからしゃべれるもわからんですけど、最悪チャットするんで読み上げてください」
「はい」
「あとまた別でこの日、行かないといけないのは仙台の1ヶ所だけなんですけど、この日30分刻みでオンラインが10件あるんで、移動しちゃうとどうにもならんくて、行ってもらっていいすか」
「はい」
「あと、また別でこの日は…あ、もう次のオンライン始まるんで続きはチャットします、大丈夫っす最初から5分くらいは向こうが話すと思うんで、聞きながら申し送りします」
「はい」
こんな感じで上司をめちゃくちゃコキ使ってどうにかしている。
ちなみに、誰も覚えてないだろうが「週2出社であとは在宅リモート」と言っていた、私をスカウトした人である。今読むと我ながら感慨深い。
それでもなおオーバーフローしている。
そんな中、むりくり休みを取って私もたまに病児を見ている。社内の会議とか研修が集中している日に休みを取りやすいということに気づいた。最悪のライフハックだ。
「ねぇ、私の方が休むの多くない?」
だが妻の負担感が、誤魔化しようのないくらい大きい。
「あと、家を建て替えようと思っているんだけど」
そしてなぜこのタイミングなのか、妻は多大な出費をしようともしている。
おそらく。妻は妻で、ウイルスに翻弄され改善の見込みがない現状に絶望している。家の建て替えという希望を見出してるのであろう。
妻がそう望むなら、できるだけ叶えてあげたい。
金が要る。
仕事はこなして、収入はさらに増大させる。
育児の負担を、会社を休んで妻から引き取る。
この難題を解決する方法を思いついてしまった。
「分身の術」である。
まず、日中である。
妻だってしょっちゅう休めない。仕事に行ってもらう。妻が休んだらシンプルな欠勤になるのだが、私はホワイト企業なのでこういうときに使える休暇を使う。この方が経済的合理性がある。
日中、ひたすら子と遊ぶ。熱があるだけでアホほど元気である。ふと子が寝た瞬間に、瞬間チャットで異常な量の指示を出す。
夕方妻が帰ってくる。ここからが勝負である。
バトンタッチして私が働き出す。途中、寝かしつけ局面でまた育児に復帰するが、それを除いて18時から26時くらいまで働く。日中私の代わりに対応してもらう誰か向けに、ものすごく細かな対応依頼(ほぼ「台本」である)を送っておく。
そして26時から、つまり2時から、7時前くらいまで寝る。
これが分身の術。
読んでて良かった「NARUTO」。
日中育児する「父」と、夜間働く「会社員」の分身である。
「これだ!これなら家庭も仕事も守れる!」
けっこう本気でそう思っていたのだが、このやり方にいくつか無理があると、3日目くらいで気がついた。
・「子どもの体調不良による休暇」の範疇を超えている(どうみても、働いている)
・「台本」の分量が狂気じみていて受け入れてくれない(顧客の応答想定により分岐していくので、読み込みきれない)(会社員は役者ではない)
・当然、台本を書くのもかなりめんどくさい。ちなみに対応者によって、応対する顧客によって当て書きをしている。
・眠い
などである。
そして、さらに予期せぬ方面から問題が発生する。
震源地は妻と子どもの主治医、70過ぎの女医だ。
「ご主人だけ元気なの?なんで?家で寝てないの?浮気してるの?」
と言っていたという報告を妻がしてくる。
妻は自身の不調と休みによる職場での気まずさ、そして度重なる子の体調不良によって、尋常な精神状態ではない。夜中に子どもが熱にうなされて起きるたび、咳き込むたびに、これはもう呪いだと妻も叫ぶ。妻の心に、私の言葉はもう届かない。
だから、この女医の発言をわざわざ引用したのは冗談ではない。本当に浮気を疑っている。
そんな気持ちも、気力も、体力も、時間も、何もかもない。と言いたいが、今の妻に対して論理は無力である。
………。
…………。
この難題を解決するための解決策は…
あるってばよ!!
「多重影分身の術!」
日中11時間は育児する「父」!
夜間8時間を仕事する「会社員」!!
そして5時間を妻とのコミュニケーションに費やす「愛妻家」に!!
3人に分身すればいいってばよ!
これで…これならきっと…なんとかなる…ってば…よ…
なんだか…目が…かすむってば…よ……
てば……
〜ワークライフバランスシリーズ 第一部 完〜
岸本正史先生の次回作にご期待ください
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?