ロバート・ロッセン『リリス』(1964)
「見て 誰か水に映ってる かわいいわ 彼女は私のキスで死ぬの 愛は人を滅ばすわ」。とあるシーンで呟かれるこの台詞が、この映画の全てだと思った。
亡くなった母の生き写しのような存在である精神病患者のジーン・セバーグ。彼女の姿が度々水面に映し出される理由は、あまりにもはっきりとしている。官能的、艶やか……そんな言葉で表現したくなる"水"のイメージ。前述した水面は勿論のこと、役者たちに降り注ぐ雨や氷だってそうだろう。セックスシーンで太陽光で煌めく水面のショットとオーバーラップさせていることからも、ロッセンの意図を汲み取ることができるかもしれない。
蜘蛛の糸に関するくだりが中盤であるけれど、あの台詞の効果も抜群だった。狂った人々を収容する施設に張り巡らされた「感覚が一定の網」。これが示すのは、この網を作った人間は狂っていない、ということだろう。驚くべき演出とは言えないにせよ、ロッセンの執拗なまでの網越し演出はとても巧い。あそこまで徹底してやられると映画自体が相当病んでくるものなのだな……と思ったくらいだから。
然り気無い部分でいうと、ウォーレン・ベイティがセバーグの肩に手を触れたとき、彼女がその手をちらりと見る演出をつける辺りが素晴らしかった。その後に行われる子どもを「触れる」所作があんなにもエロティックだったのは、その前の僅かな視線が効いているからではないだろうか。他人が自身に触れることに敏感な彼女が、自ら他人に触れ、そして触れさせようとするという倒錯めいたやり取り。ゾクゾクするくらい良かった。それを背後で見ている主人公と子ども―セバーグを同一画面で捉えるなんて堪らないし……ロッセンってこういう映画も撮れるんだと驚いた。個人的には似たような題材を扱ったフラー『ショック集団』よりも好きかも。傑作です。