娘が歩いた長い道のり
先日、久しぶりにクラスルーム訪問デーがありました。
学校の教室に保護者が入れる日で、子供たちの作品や授業で使っているノートなどを見る事ができます。現地校には授業参観がないので、これが参観日みたいなもんかな。それもコロナの影響で、実施されたのは2年ぶりぐらいかな。
次男を連れて、長男、娘の教室を訪ねつつ、久しぶりに担任の先生以外の先生とお話しする機会もありました。みんな口を揃えて言うのは、赤ちゃんだと思っていた次男が、すっかり大きくなっている事( ´∀` )
次男は長女が2年生の時に産まれてるので、先生たちにとってはベビーカーに乗せられて迎えに来ているシーンが強く印象に残っているんだと思います。特にここ2年ほどは、学校への送り迎えも敷地内まで入っていないので、気づいたらめっちゃ大きくなってる感が強いのかも。
娘、長男の入学当時の担任の先生(同じ人)と話しながら、私は
「来年娘が中学に進学するって方が信じられないよ。娘が学校で泣いてた事が昨日の事のように思い出せる」と伝えたら、
「I know. She walking such a long way.」と先生。
娘は5歳で小学校に入学した当初、英語が全くできず、とても苦労しました。特に女の子だからなのか。同級生も会話が成立しない相手には冷たくあたるんですよねー・・。
入学した最初の週、娘はストレスからくる腹痛のせいで、トイレで泣いているところ発見され、電話がかかってきてすっ飛んで迎えに行った事もあります。お弁当はいつも1人で食べていたようです。
私の努力が至らなくて、娘が苦労しているんじゃないかと、私もとても悩みました。でもどんな時も、先生や校長先生は「私たちがサポートして、きっと話せるようになるから大丈夫だよ」と励ましてくれました。
娘は校長先生を「初めてできた友達」と呼んでいました。相変わらずクラスには友達ができなかったけど、娘を無視したりからかったりする同級生にも、いつも朝は「Good morning」と声をかける事を忘れませんでした。(めっちゃ無視されてて、娘のハートの強さに私の方が驚きました)
私はいざという時の為に、「おなかが痛い」「疲れた」など、いくつかの英語と日本語を書いたカードを持たせていました。幸いひらがなが読めたので、困っているけど伝えられない時は、カードを選んで、裏に書かれた英語を先生に見せてコミュニケーションがとれるようにしたのです。
2年目、3年目も娘はカードを持ち続け、何人か後から入学した日本人の友達ができたけれど、まだそれ以外の友人がいませんでした。
学校には楽しく通っているけど、読み書き、会話どれも同級生よりずっと遅れていて、いつもやきもきしていました。
娘は2年の進級時に先生と相談し、学年を一学年落とす事に決めました。
通常は英語がいくら追いついていなくても、学年を落とす事はないのですが、先生とよく話し合った上で了解してもらえました。
4年目、娘はカードを持って行かなくなりました。
でもまだまだ英語の補習クラスに通っていたし、ノートに書かれた間違いだらけの英文を見ると、このままで大丈夫なのかと不安になりました。
相変わらず日本人のお友達とばかり付き合っていましたが、この頃ちょうど日本人同士でちょっとしたトラブルや衝突があった事もあり、少しずつクラスの他のお友達とも、お昼を共にしたりするようになりました。
5年目、娘は日本人の子と遊ぶ時間、他のクラスの子と遊ぶ時間をバランスよく取るようになりました。補習クラスも終了し、持ち前の社交性を発揮できるようになっていました。低学年の日本人が困っていたら、助けたり先生に状況を代わりに伝えてあげる事もできるようになりました。
まだ不安はあるけれど、私はようやく娘は大丈夫なんだと安心する事ができました。
6年目、学校のキャンプも楽しく過ごし、放課後や休みの日に遊びに誘ってくれる友達もできました。高学年が任される学校の仕事もこなせるし、嫌な事があった時に、英語でちゃんと言い返せるようにもなりました。
今、中学への申込書などを準備しながら、私はまた少し不安になっています。レベルが高くなる中学の授業について行けるのか。
娘のライティングノートを見ると、まだまだ文法やスペルの間違いは少なくないけれど、長い文章を書けるようになりました。
時々、先生に言われた事の内容を勘違いして覚えてきているけれど、英語を嫌がる事がなくなりました。
本当に心配のし通しで、いつ不安でなくなるのか、私も先が見えなかった小学校生活だけど、先生に支えられて、無事乗り越える事ができて良かったと感じています。
人より長かった小学校生活。先生の言う通り、長い道のりを歩いてきたんだなと振り返っています。
※冒頭の写真、単語のスペル間違ってて、やっぱりちょっと心配です。