甘い手
こうやって思いついたときに気軽に書けるからnoteは便利だ。
別に大それた報告や気の利いたギャグなんかは持ち合わせてないけど。なんとなく書きたくなった。
最近は忙しいと言えば忙しい。とはいえ4年前の神経をすり減らしすぎて食べ物が胃に入らなくなったあの時よりかは幾分楽しい。実際にそれでダメになったので転職したのだ。どうやら僕はストレスが胃にくるタイプらしい。
今の職場は罵声や恫喝が響かない。それが当たり前の職場がすごく穏やかに感じる。それだけでも転職して良かったのかもしれない。
人が誰かを怒っている時。僕はなんだか胃がキリキリするのだ。不安?悲しみ?
怒られるのはそれだけの理由がある。きちんとその人を正すような愛も感じる怒号も世の中にはある。だが、人が人を怒るとき。そのほとんどは愛がない。怒りだ。身近で怒りを感じるとき、私は体調が悪くなるのだ。感受性が豊か?いや、そうではない。それに当てはまるなら喜びの声を聞いたとき、僕は全裸で踊るだろう。嘘である。
自分が怒られることよりも人が怒られる様子を見るのが辛いのはなぜなんだろうか。ほっとけば良いのだろうがその声が嫌でも耳に届くと妙にめまいがするのだ。
恫喝。あんなものはこれから先あまり見たくない。
恫喝。太閤立志伝5では敵の部隊の士気を大きく下げる特技だ。二階堂盛義によく覚えさせたくなる。
二階堂盛義。君のことは私の生涯で永遠に刻まれるだろう。
怒りの声に僕は逃げ続けてきたのかもしれない。子供の頃からどうにも争い事が苦手だ。人の顔や周囲の反応ばかり伺ってきたのかもしれない。なるべく怒らないようなそんな環境ばかりを子供の頃は作っていた。だから怒りとは無縁な性格になってしまったのかもしれない。
年齢的にも怒りを受け止める技量を求められる頃になってきた。僕は立ち向かえるだろうか。