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『なめらかな世界と、その敵』未読向け紹介+既読向け感想

『なめらかな世界と、その敵』の紹介兼感想です。

以下前段の無駄な文章。
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小説を久々に読みました。
2年くらい前にタイトルに惹かれて本を購入。ハードカバーの本は読みにくくてあまり買わないのですが「文庫化されるまで待っていたらいつになるかわからない」と思って本屋で見つけて即買いました。


注目のSF小説とのことで、そもそもSF小説というジャンルも全然読んだこと無いし、いっちょ読んでみてやるぜという気持ちでした。
(そのジャンルに含まれそうなもので最後に読んだのが『紫色のクオリア』なので軽く見積もっても10年ぶりくらいです。これもラノベだし、もしかするとちゃんとしたものは一回も読んだことが無いかも)

さてどんなもんかと思って数ページ読み、想像よりも独特な描写に脳が疲れ、本を置いてしまいました。
時間を一旦置いて、落ち着いてから読もう。そう思って本棚に置いて、時間がそこから2年経過。

2年積まれた分多少熟成されたのか、本は読みやすくなっていて、ツイッターの140字によって甘やかされた私の脳でもするすると読み進めることが出来ました。
読み進めて、各短編によって展開される鮮やかな景色と結末に頭を焼かれました。
久々の活字主体の媒体から得られる感覚がとても気持ち良かったので『なめらかな世界と、その敵』の紹介をします。
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※以下未読向け紹介(ネタバレしないように配慮しますが、既に気になるなら何も見ないで読んだ方がいいです)

収録されている短編のタイトル一覧:
『なめらかな世界と、その敵』
『ゼロ年代の臨界点』
『美亜羽へ贈る拳銃』
『ホーリーアイアンメイデン』
『シンギュラリティ・ソビエト』
『ひかりより速く、ゆるやかに』

この本は6つの短編をまとめて一冊にした短編集です。
短編集のいいところは一つの話が完結するまでが短いこと、短編一つ一つの完成度によっては同じページ数の長編を超える満足感を得られるところだと思います。
そして日頃小説媒体を読み慣れない人でも読み進めやすいです。

以下、各短編の簡単な紹介です。


『なめらかな世界と、その敵』(45ページ)

無限に存在する並行世界に意識を自由に移すことができる『乗覚(じゅうかく)』という機能が人類に与えられている世界の話。
感覚的には残機無限。都合の悪い世界からは意識を移動すればいい。
そんな能力が視覚や聴覚と同様に当然のものとして扱われている世界の人々がどういう感覚なのか、そこから発生する問題があるとすれば何なのか。
一見複雑に思える設定であるものの本筋はシンプルなので、情景描写にさえ慣れれば飲み込みやすく、読み心地も爽やかです。



『ゼロ年代の臨界点』(23ページ)
架空のゼロ年代SF史をたどりながら、その中心にいた三人の女学生についての物語が語られるという形式
最初はただ海外の文学を模倣している女学生とその友人たちに見えるが、、、
作中で語られる海外の小説は実在のものなので、SF好きが読むと何か得られるものがあるのかも



『美亜羽へ贈る拳銃』(67ページ)
ナノマシン技術によって人間の脳の状態をある程度操作できるようになった世界。
結婚式で誓われがちな「永遠の愛」を現実にする拳銃型のナノマシン射出装置WKという製品を中心に、ある『仕様書』を通しナノマシン技術をめぐる騒動に巻き込まれた二人の話が読み解かれていく。
人間の肉体は日々細胞が生まれ変わり、記憶も変わり、考えも変わっていきますが
それは昔の自分が死んでいっているということなのか
逆に、もし自分の脳をあるところで固定できるとしたら
あるいは自分の脳を狙った状態に変化させられるとしたら
それぞれ、その時点で自分が死んだことになるのか。それでも自分は自分なのか
そういうことについて考えるのが楽しくなります。


『ホーリーアイアンメイデン』(29ページ)
その両手で抱擁した相手を聖人のような人間にする特殊な能力。
そんな能力を持つ姉に対して送られる、妹からの遺書の話。
物語の語り手が既に死んでいるというのが全体を通して雰囲気を暗く重くしていて、読んでいて陰鬱な気持ちにさせられて良いです。



『シンギュラリティ・ソビエト』(53ページ)
ソ連が技術的特異点に至り、人工知能「ボジャノーイ」がソ連を支配している世界の話。
人工知能が国を支配するという世界観自体は古くからある設定ではあるものの、その描写がとにかく細かくて凄いです。実際に見てきたのかな?
ソ連側に対抗するべく作成された自由主義国家側のリンカーンという人工知能との静かな戦いも、それによって動かされている人間同士の心理戦めいたやりとりも「ミステリーで探偵が勝利宣言しているときの楽しさ」を連続で出されている感覚を得られて気持ちがいいです。
物語の結末に際して急激にシーンが転換する部分は映像で見てみたいと思わされます。



『ひかりより速く、ゆるやかに』(97ページ)
低速化と呼ばれる未曾有の災害に襲われた新幹線と、そこに乗り合わせた修学旅行行きの学生達。
そしてその関係者を取り巻く時間の話。
自分の親しい人間含め、数十人が乗った新幹線が急に強制コールドスリープ(外部から解除・干渉できない)されて
目覚めるのは二千年以上先、という状態になったらどうなっちゃうの!?ということを真面目に想像していて
読んでいると「確かにこういうこと起こりそ~!」というシーンがいくつも出てきます。大体最悪。
この本に収録されている短編の中で最も結末が最後まで読めない話だと思います。


以上。各短編についての紹介でした。気になったらkindleでも売ってるので是非読んでくださいね。
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※以下既読者向けの感想です。ネタバレを含むので未読であればここから先は非推奨です。
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以下感想です。好きだった4つの話に関して

『なめらかな世界と、その敵』

私は百合が好きですが、これに関しては友情としたい。
最初は情景描写の独特さに面食らいましたが、慣れるとそれがとても新鮮かつ綺麗で良いと思いました。
特にラストシーンに繋がる様々な稀少世界を走っていく描写。読みながら「最高ーー!!」となっていました。
他に誰もいないグラウンドで女子二人が競走するというだけでもいいのに、さらにそこにこれを乗せてくるのか?ありがてえ
乗覚障害ってそれ、現実の私たちのことじゃん!と思いつつも、確かにそんなクソ便利能力が当たり前になっていたら「あー、可哀想だね」という風にもなるなと納得してしまいますね。私も欲しいな乗覚。
個人的に好きなところは、乗覚障害を負ったマコトがほぼすべての人類が乗覚を持つ世界を「暖かい世界」と表現したところ。
みんながみんなストレスフリー残機無限(余裕のある状態)だから、みんな優しい。
乗覚障害のまま死んでいって、世界に復讐しようとしていた男とは真反対の考え方でありつつも納得感があって好きです。
彼女たちにこれから訪れるであろう、ごくありふれた困難が更に二人の仲を深めていくのだろうと考えるといいですね。


『美亜羽へ贈る拳銃』

天才ロリが出てきてかわいいと思っていたらそれどころではない話の展開。
愛しているという状態で脳を固定することで永遠の愛を保証するという設定自体は「ホンマか?」と思うものの
それを実行するアイテムが拳銃型という点が示唆的でお洒落。
オタクならよく知っているであろう哲学的問題について考えるのが好きな私にとってはかなり好きなテーマでした。
作られた真実の愛を受け止められるのか、自分が惚れた人が科学的に確実に他者を好きであった場合にどう行動するのか
正直美少女ロリが作られた愛であっても自分を愛してくれるというのはかなり悪くない状況だと思ってしまいますが、主人公の苦悩もそれはそれで理解できる塩梅になっています。どういう結末なら納得できるんだろうと考えながら読み進めて、最後にそれなりに納得できるオチをちゃんと用意してあって驚きました。
人によってはズルいと思うかもしれないですが、そもそも現実に無数に存在する夫婦だってどう考えているかわからないですからね。


『シンギュラリティ・ソビエト』
一番読むのに抵抗がありました。何故ならソ連に一切の興味が無かったから。
実際は別にソ連という国に対して興味が無くて良い内容ではあるので(共産主義と自由主義の対立構造が必要なのでソ連である必要はあったのですが、国自体の歴史に対して詳しくなくてもいい)、そういう点で想像よりも読みやすかったです。
人間の知性を超え、人間に管理できなくなった人工知能。設定自体は使い古されていますが、赤ん坊が滅茶苦茶ハイハイしてる気持ち悪いエリアや、ちょっと入国してきた人間の遺伝子を採取してクローンベイビー作っちゃうところとか、倫理的にアウトすぎる描写が多く出てくるところが楽しいです。もっと頂戴そういう描写と思いました。
マイケルがヴィーカの隠していた真実を名探偵宜しく暴くところは「おお、やるやん!」と思いましたが、その後の怒涛のボジャノーイの無慈悲な種明かし、哀れなマイケル。子供のころからの執念を完全に破壊された人間がどんな顔をしたのか見せてほしいですね。
クライマックスの蠟燭を吹き消すシーンがあまりにカッコいいので、正直この人工知能にならまあ任せてもええわという気分になりました。いや、やっぱり脳の半分持ってかれるのは嫌ですね。クローンレーニンも最悪。


『ひかりより速く、ゆるやかに』

もし低速化という現象が発生したらどういう動きが起こるのか、という部分に関して丁度いいリアリティがあります。実質的に大勢の人数が無くなった災害と同一の扱いをされるわけですが、その現象の特性から周りの人間がさぐりさぐりで扱っている様子が伝わってきます。

低速化した人たちはちゃんとそこに生きているのに、次に外部とつながるのが2千年先となるともうほぼ死んでるのと同一の扱いをされてしまうというのが好きです。
新幹線の傍に建設されたモニュメントも、墓標に見えないようにと配慮しているが関係者にとってはほとんど墓標と変わらない、かなり「ありそう」です。
低速化に巻き込まれた兄を持つ弟の話は、形を変えて現実にもありそうです。完全に被害者が死んでいるなら切り替えることもできるかもしれないですが、特殊な形で生きていることがかえって今を生きる関係者にとって強い枷になってしまう。主人公もその一人ですが、年を経ることで当時解決しなかった気持ちが大きくなっていくというところは一種のタイムカプセルらしさを感じられます。
読んでいて驚いたのは、挿話が未来のことかと思ったら実は作中作でしたという事実。
途中までは「なるほどファンタジー的に綺麗に終わりそうだな」と希望を持たせつつ、途中でそれがよりにもよって主人公による創作であることが明かされるという流れ。
主人公に対してあまりにも厳しい展開は、ただ読んでいるだけの読者からしても「もうやめてくれ」と思ってしまいます。
「思ってること全部口に出したら他人に受け入れられると思うな。気持ち悪い。引く」
こんなことを言われたら私もゲロ吐きます。薙原さんは容赦ないですが、それでも若干の優しさを感じなくもない。

そんなかなりキツイ展開がありながらも、主人公が嫌っていた叔父のメモが流れを変え、300km/hで走るタイムマシンに乗る主人公のシーンへとつながっていくところはかなりの爽快感があります。そして叔父さんが優秀すぎる、予想は出来ても実行に移す行動力と実現力があるのはもう普通の人ではないでしょう。

最後の最後、迎えに来た薙原さんに対して「本当に本人か?彼女の子孫じゃないか?」と疑念を抱いてしまうところは至極自然で、だからこそ本人に突っ込みと共に殴られた瞬間の嬉しさは描写こそされないものの伝わる部分があります。最後に至るまでハッピーエンドなのかどうかわからない状態で読めて本当に良かった。


以上、感想でした。同作者の別作品も気になるので読んでみようと思っています。

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