だれかの世界を描いていく。
六月の終わり頃に、イラストのご依頼を頂きました。
私にとって絵を描くというのは癖みたいなもので、貧乏揺すりがやめられないのと大体同じです。描きたいから描くというよりも、描かないでいると落ち着かないです。そういったスタンスで描いているので、基本的にイラストのご依頼を頂ける想定をしていなかったのですが、この度、ご依頼頂けて、それはそれは、もう、
とても!嬉しかったです!!
この気持ちをたとえるなら、そうですね、あったか~いって感じです。横長の伸ばし棒ではなくて、ニョロっと波打ってる方の、冬になると飲み物の自動販売機に良く出てくるやつです。見つけると嬉しくなって、飲むと心も体もポカポカになるやつです。
そういう、あったか~い気持ちになる出来事でした。
このご依頼にまつわる記事を、依頼主である キッチンタイマーさん が書かれています。
キッチンタイマーさんの記事のトップ画像は、私が描いたラフ画です。全体像はこういう感じです。ざっくざくしています。
『煙草を吸っている私の絵を描いて欲しいです』
というご依頼を伺ったとき、とても自由度が高くて面白い発想をされる方だなあと愉しくなったのを覚えています。
記事の中でも書かれていますが、ご本人は煙草を吸われないし、恋人さんも煙草は苦手なご様子なので、「絵の中なら吸える」と思ったのだそうです。
あり得たかも知れない私になれる。それは、絵が持つ力のうちの一つです。
文章や陶芸や写真にも音楽にも、世界を旅させてくれる大きな力があります。それでもこの度、私に絵をご依頼してくださったことを、光栄だなあとしみじみ思っております。
『タバコを吸っていて、白いコートと赤い服、それと知り合いが見たときに話しかけるのを躊躇するような雰囲気がいいです。』
というご要望を受けて、
「こういったイメージの絵になると思うのですが、合っていますか?」と私が描いたラフ画をお見せすると、その度に、丁寧に感想を述べていかれました。それに対して私も言葉や絵に描いて返しながら、お互いに意見を交換して、また描いて、というやりとりを繰り返して、絵の方向性を詰めていきました。
例えば「躊躇」という言葉を絵にするとどういう見え方になるのか、はっきり見て取れるためらいなのか、それとも、在るのかどうかもわからないくらい微かなのか、というのを、キッチンタイマーさんがひとつひとつ言葉に置き換えて、私が「こうですかね」と絵に乗せていきました。これらの作業は、言葉を絵に変換しているようでもあり、言葉が絵を導いていくようでもありました。
そうやって表現の仕方を探っていく過程は、私にとっても新しい経験でした。その過程を、キッチンタイマーさんが記事の中で、「魔法を見ているみたい」という言葉で表されていたことが、一番嬉しかったです。
絵の完成を喜んでいただけたことや、仕上がった絵を大切に扱ってくださっていることを、まるっと全部、こころの箱にしまって、大事に取っておきます。
ありがとうございました!
それから、似顔絵の方も喜んでいただけて、良かったです。
「煙草を吸っている私」のイラストをご依頼下さった際に、キッチンタイマーさんがご自身の写真を資料として送ってくださいました。リクエストは似顔絵ではないのですが、最終的にキッチンタイマーさんを描くことになるので、まずはご本人の写真を絵に落とし込んでみようと、試しに似顔絵を描いてお見せしたところ、「すごいですね!」って言ってくださって、「これ、私!」と喜んでくださったことが、とても印象深かったです。
思いの外、喜んでもらえて、こうして記事にしてもらえて、重ね重ねありがたいことです。