ことばにしてはいけない
創作ほしのこSSです。
読まれる方はご注意ください。
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王国の叡智が集まった場所ーー書庫。
一面に星空が広がり、神秘的な雰囲気が漂っている。
その書庫の1階ーー保存庫にひとりのほしのこが引きこもっていた。
書庫の大精霊から授かった純白の頭巾に真っ白なケープを羽織ったそのほしのこは、保管された記録を一つずつ確認していた。
「そろそろ一度休んだほうがいいわ。もう3日くらい眠っていないんじゃない?」
同じく白い頭巾とケープを羽織ったほしのこが話しかける。
腰に下げたお面がカラン、と音を立てて揺れる。
記録を確認していたほしのこは、不満げに顔を上げる。
「ーー眠れないんだよ。イリース、君だってオレと同じくらい眠ってないだろう?」
ふぅ、と、イリースと呼ばれたほしのこはため息をつく。
「ぼくはいいんだよ。君のことが心配で眠れないだけだから」
「……案内人に言われたの? オレが眠っていないって?」
案内人とは、記憶の保存庫のエントランスに佇む精霊のことだ。
長い年月ひとりで書庫の記録を守ってきた彼は、この頭巾のふたりにとっても馴染みの精霊だ。
「茶人さんも気にしているよ。このままではただでさえ少ない君のなかの灯が消えてしまうんじゃないかって」
ほら、と言いながらイリースは四角い湯呑みを手渡す。温かそうな湯気が上がっている。
「…う…ん、仕方ないなあ。ボクは貰ったものは無碍にできないタチだからもらってあげるよ」
頭巾を外しながら、イリースから湯呑みを受け取る。
「素直じゃないんだから」
「ボクはいつだって素直だよ。……助かる。茶人さんにもお礼を言っておいてほしい」
プイッとそっぽを向きながらゆっくり湯呑みに口をつける。
少し塩気のあるお茶だ。「……あ」
「桜の、香りがする」
「もう、外は春だからね。そろそろ桜の精霊が来るって」
期間限定で春になると桜や藤の花を咲かせる精霊がやってくる。
孤島や書庫、峡谷には来ないけれど、季節を感じることができると精霊たちや星の子たちには人気の精霊だ。
「あっという間に季節が変わるな……」
「そうだね。ぼくは桜の季節がいちばん好きかな」
君の香りでもある、桜の季節だからーーという言葉を飲み込んで、ふふ、とイリースは微笑む。
「ーーま! オレの季節でもあるからね!」
ふふん、と、不敵な笑みを浮かべギプソフィラは胸を張る。その姿がとてもかわいく見え、
「そうだね、だから大好き」
思わずイリースの口から想いがこぼれ落ちた。
「ーーは?」
まるでボボボボ音がするくらいにあからさまにギプソフィラの白い頬が赤く染まる。混乱しているのか、目がぐるぐるしている。
「えっ、と? え? それ、どういう?」
動揺を隠そうとして慌ててお茶を飲み、ゲホゲホとむせたギプソフィラは少し涙目だ。
「さくらはきれいだから、ね」
そんな涙目に映る自身を見つめながら、ふふ、とイリースは微笑む。胸の音がすこし騒がしい。
「……そう、だ、な」
ギプソフィラはささやくようにぽつりと、
「……オレは、ゆりが、好きだけどね」
耳まで真っ赤にしてまたプイッとそっぽを向いた。
その言葉はあまりに唐突で。
思わず飛んでしまいそうになるくらいに嬉しくて頬がゆるむのを感じる。
茶人さんが淹れてくれた桜のお茶の香りがとても心地いい。
きっとそれだけの香りじゃないけど。
「ーー本当に。桜の、いい香りだね」
ゆっくりと、イリースはつぶやいた。
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