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子守唄のように。

 創作ほしのこのSSです。
 独自の設定を含みますので、苦手なかたはご注意ください。

 ボブヘアで紫ケープを羽織っているフィアールカというこ視点のお話です。
 ※それぞれ名前に由来のある花の香りがするという独自設定があります。



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 フィアールカは困っていた。

 とても、困っていた。

 雨林神殿前で、ついいつものおせっかいで助けてしまったほしのこ。
 雨林の深い森の中で迷ったり光をなくしただけのほしのこなら、いつもは焚火魔法で暖めてあげて傘を持たせて神殿へ送り出すだけだけれど、今日出会ったこはどうも違っていた。
 それはとても背の高いほしのこで。
 うなじのあたりできれいに切り揃えられたやや灰色がかったボブヘア。
 内側の光はやや温度の低い橙色なのか、目尻の下がった優しそうな眼差し。
 そして少し鼻につく、すみれの香り。
 ざくろ、と名乗るそのほしのこが身にまとっていたのは、明らかにすみれの香りだった。
 きっとすみれの香りがするほしのこに毎日毎日大事に愛されているのであろう、そんな印象の香りだ。
 その下にほんのりと星の花の香り。ふたつの香りが混じりあって、ざくろと名乗る彼本来の「ざくろ」の香りを作っているようだった。

 星の花の香りーーそう、まるで“あのこ“のような。

 崩れかかった石造りの建物の前で呆然として座っているざくろは、放っておくとそのまま羽を散らしきってしまいそうなそんな雰囲気を纏っていた。
 肩にかかる青いケープはしとしとと降り続ける雨に濡れ、じんわりと彼自身の光を奪っていく。
「ーーあなた、いつまでそうしているつもりなの?」
 フィアールカは傘を差し出したまま、隣に腰掛け、思わず話しかけた。

 止むことのない雨林の雨はざあざあと降り続ける。

「僕は、何者なんだろうね」
 数刻経ったろうか。
 雨粒が落ちるように、ざくろはぽつり、とつぶやく。
「僕は、ミミズクーー、いや、すみれに“ざくろ“と名付けてもらって、うん、」
 ぽつりぽつりと遠い記憶を思い出すように続ける。
「“生きること“を一から教えてもらって、うん、感情のあらわしかたとかも、教えてもらって……」
 フィアールカのほうは向かず、まっすぐに前を向いたままぽろぽろと涙をこぼす。誰かに聞いてもらいたいのか、唇からこぼれ落ちる言葉は止まらない。
「この感情は、何? 胸が、苦しくなる、この感情は、何?」
 苦々しい表情で涙を流し続ける。
「“昔の僕“が、すみれにしたこと、さくら?にしたこと……」
「__そして、君にしたこと」
 喉の奥からあふれて泣き叫びそうになる声を抑えるようにして、ざくろは、ごめん、と呟いた。
「あ、あなた……まさか」
 “あのこ“なの? という言葉を飲み込み、フィアールカはざくろを抱きしめた。

 ざあざあと変わらず雨は降り続ける。

 フィアールカの光がじんわりとざくろに伝わるのを感じる。
「__“そんなこと“は思い出さなくっていいのっ! もーっ、終わったことよ、終わったこと!」
「……えっ、え? どうして?」
 フィアールカの腕の中でざくろがじたばたする。
「“私があのことしたこと“は、もう、私にとっては終わったことだし……、私たちは、嫌じゃ、なかったのよ……」
 そう、嫌じゃなかった。
 私自身は“あのこ“に対して特別な感情はなかったけれど。
 すみれと両想いになったときの嬉しそうな“あのこ“の表情が忘れられなくて。
 同じくらい、“あのこ“がいなくなったときのすみれの表情が忘れられなくて。

「ほんと、思い出さなくっていいのよ」
 そう、言うしかなかった。

 ぽんぽんとざくろの背中を撫でる。
 まるでちいさいこをあやすように。
 フィアールカをぎゅっと抱きしめながら、ざくろは小さな声でありがとうと囁いた。喉の奥から込み上げるような嗚咽がフィアールカの耳をくすぐる。

「あなたはあなたよ、ざくろ」

 指でそっとざくろの涙を拭い頬に口付ける。
 まるで眠れない子どもをあやすかのように。
 かつて育てた双子をあやしていたときのように、そっと優しく。

 ざあざあという音がまるで子守唄のように聴こえる。
 フィアールカは願う。
 ざくろの中にいる、“あのこ“の記憶が穏やかに眠りますように、と。

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