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夜明けの香り

 創作ほしのこのSSです。
 独自の設定を含みますので、苦手なかたはご注意ください。
 ※楽園の島々が今回のお話の場所になります。
  汚染された間欠泉は存在していません。
  ただただひたすら、癒しのスペースとして捉えております。
  念のため、性別の概念はありませんと追記します。

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 深い夜の色をしていると、言われた。
 金色の虹彩は、まるで満月のようだと。
 あまりにも気障な褒め言葉が嘘偽りないことに気付くのに、そんなに時間はかからなかったんだけれども。

「あー……あつーい」
 草原の奥__空に浮かぶ島々のあるエリアで朝焼け色のケープを羽織った大きなシニヨンのほしのこ、ユージヌイはつぶやいた。
 毎日毎日飽きずに天空から降ってくる闇を焼く仕事は今日はお休み。
 ゆっくり羽根を伸ばしてくるんだよー、と、花鳥郷の案内人に半ば強制的に巣から追い出されてしまった。
 ……睡蓮と一緒に。

 楽園の島々__そう呼ばれる場所の入り口の浮島に立っているだけで、すでに暑い。
 カッ!と照りつける太陽はまさに「常夏」だ。
 __常夏なんて、文献でしか読んだことないけど……。
 すでに汗だくになっているユージヌイを他所目に、隣の睡蓮は涼しげな表情で立っている。なんなら汗すらかいていない。
「__どうして⁉︎」
「ん? 何が?」
 急に大声を出したユージヌイに驚き、睡蓮が振り向く。
 真っ白な縁取りのあるケープを羽織った彼は、基本無口で有名だ。
 ユージヌイも、初めて声を聞いたかもしれない。
 そういえばまともに顔も見たことがないような気がする。
 なんとなくバツが悪く、彼の顔をちらりと覗き見る。
 頬の両サイドでそれぞれ髪を緩く結えており、後ろは短く刈られているのかふわふわと風になびいている……実に不思議な髪型だ。
 泉の底のような深緑色をしたつり目が印象的だが、その表情からは何を考えているのかまったく分からない。

「……ほんと、なんで急に“お休み“とか言って、俺たちに休暇をくれたんだろうなぁ」
 ぽつりと睡蓮はつぶやく。
 こっちの都合も考えてもらえなくってお前も災難だな、と少し微笑みながら続ける。
 __あ、笑うんだ。
 思いもよらない彼の笑顔に、これも初めて知るなあとユージヌイは少し嬉しくなる。
「ぼくのことは南十字星……いや、ユージヌイでいいよ。ほんとはもっと名前長いけど、それがいいな、えと……」
「あー、俺のことは睡蓮でもなんでも好きに呼んでもらっていいよ。
 みんなは大体クフシンカって呼ぶけど」
 そう言って睡蓮は、なんでわざわざ一文字増やすんだろうなとクククと笑う。
 __確かに、増やす意味がわからない。
 でもユージヌイは彼が“クフシンカ“と呼ばれていることは初めて知った。
 一緒に闇を焼く仕事をしてるのに、不思議だ。
 それだけ、関わりがなかったのかな、と少し反省した。
「__ま、せっかくの休暇だし、楽しもうぜー」
「えっ、ちょっ……っ」
 ユージヌイの返事を待たず、睡蓮は浮島から海面に向かって飛び降りた。

 きらきらする海面に吸い込まれるように落ちる白いケープはとても美しかった。
 時々翻って見えるケープの裏地の青のあざやかさが目を惹く。
 落下しながら睡蓮は両手を胸の前で合わせ、魔法でサーフボードを発現させた。
 ひらりと身体をひねりそのままサーフボードに乗る。
 ばしゃんと海面に降り立つ姿はまるで曲芸師のような鮮やかさで、思わず息をのむほどに軽やかだ。

 “飛ぶ“だけなら誰にも負けないのに__
 そう自負するくらいには、ユージヌイは飛ぶことについては自信があった。それだけに、とても悔しい。
 ぷくーっと頬を膨らませ、「ぼくも負けないぞー!」とユージヌイも浮島からぴょんと飛び降りた。

 楽園の海は穏やかな流れで、光クラゲやウミガメ、マンタやカニなどいろいろな生き物と出会える。
 そして海中に潜ると、きらきら光る透明の海藻や不思議な色の珊瑚が柔らかく身体を包みこみじんわり優しい気持ちにさせてくれる。
 海岸付近には間欠泉もあり、湯が噴き出すタイミングさえ間違えなければゆっくり温泉に浸かることができるようになっており、それが全て自然にできあがったものだというから不思議だ。
 島全体があたたかい空気に包まれており、ゆったりとした時間が流れているため、日頃の疲れをリフレッシュするにはいい環境なのだ。

「あーっ! 悔しいけど……お休みが楽しすぎる……!!」
「__そうだな、悔しいくらいに楽しいな」
 小一時間ほど夢中になって遊んだあと、さすがに疲れてリクライニングチェアになだれこんだユージヌイの第一声に、睡蓮は笑いながら答える。
 ユージヌイ自身、海での遊びなんて泳ぐか走るかくらいしかイメージしておらずすぐに退屈すると思っていた。
 そんな予想に反して、睡蓮がサーフボードや浮き輪、ボールトーナメントやマシュマロ焼きと色々と準備をしてくれていたので、それはそれは楽しく海を満喫してしまっていたのだ。

 __なんと気の利くほしのこだ……

「遊ぶなら思いっきり楽しみたいんだよなぁ」浜辺に設置された焚き火でマシュマロを焼きながら睡蓮がつぶやいた。
「……パリピ?」
「いや、違うだろ⁉︎ なんでそうなる?」
「あははごめんごめん。
 うーんとね、ぼく、きみのこととっても真面目なこなのかなーって思ってたんだよねぇ。
 でも、遊ぶときは全力で遊べるこなんだなーって、さ。それに」
 照れ隠しに焼きたてのマシュマロを頬張る。
 マシュマロはじんわり甘く、ユージヌイの張りつめた心をゆっくり溶かすようだ。
「それに?」
「えっと……一緒に遊んでくれて、ありがとう。
 ぼくのためにいろいろ準備してくれたんでしょう?
 ほんと楽しいし、とっても嬉しいよ」
 にっこりと微笑みながら睡蓮の顔を覗き込む。「……あれ?」
 睡蓮が目を合わせてくれない。
 そっぽをむいて、黙々とマシュマロを焼いている……けど、そのマシュマロはすでに炭になってしまっている。
 横髪からちらりと覗く耳が真っ赤になっている。
「あれー……、もしかして睡蓮、」「言うな」
 どうやら、彼は照れているらしい。
 きっと表情はあまり変わっていないんだろうけど、ぶっきらぼうに返す返事は照れているのがわかるような声音をしている。
 ぽつりぽつりと、睡蓮は言葉を紡ぐ。
「ほら、その……せっかくの休みだし。
 俺は、一緒に過ごすことは楽しく過ごしたいなって思ったんだ」
 えっととか、うん、とか普段の彼からは想像がつかないくらいに途切れ途切れに話すようすがなんだか微笑ましい。
「うん」
 にこにこしながら相槌をうつと、少しホッとしたような声音で話を続けてくれる。
「たくさん遊びたいなって思ってたからさ。
 ちょっと張り切りすぎたかもだけど。
 さっきも言ったけど……遊ぶなら思いっきり楽しみたいんだ。
 それにユージヌイのことは、一緒に仕事をしているけどあまりよく知らなかったし。
 せっかくだから、もっとよく知りたいなって思ったんだ」
「うん」
 なんだかとても心があたたかくなる気がする。うれしいな、と思う。
「……あっ、別に変な意味じゃないぞ?」
 マシュマロの刺さっていた串をぶんぶん振りながら、睡蓮は必死に照れ隠しをしているようだ。
 ……意外とこのほしのこ、面白いのかもしれない。
 ユージヌイは思わず頬が緩むのを感じる。
「じゃあ、ぼくの友人になってもらわないとねぇ」
 リクライニングチェアから降りて、砂浜に片膝をつく。
「きっときみはとてもすてきなほしのこなんだと思うんだ。だから__」
 左手で白いキャンドルを掲げる。
 しっかり目を開いて、目の前の睡蓮の瞳を見つめる。
 とびきりの笑顔で、続ける。
「受け取ってくれると、うれしいな」
「__もちろん」
 一瞬驚いた表情をし、ふ、と微笑みながら睡蓮は“友情のキャンドル“を受け取ってくれた。
 キャンドルの炎のせいでほんの少ししか見えなかったけれど、彼はとてもとてもいとおしそうな表情をしているように__見えた。

 結局そのあとは、夜通しずっといろいろな話をした。
 どこの出身か、尊敬している大精霊は誰か、好きな場所はどこか。
 普段どこで過ごすことが多いのか、気になるほしのこがいるのか__。
 ユージヌイ自身、そこまで他のほしのこに自らのことを話すことはなかったし、話したとて聞いてもらえなかったこともあり、夢中になって話した。
 対する睡蓮はやはりやや無口だが、とても聞き上手だった。
 意外だったのが、彼のことを“スイレン“と呼ぶこがいなかったこと。
 そういうこともありユージヌイは彼のことをスイレンと呼ぶことにした。
 呼び名を決めたときの睡蓮の少し驚いた表情がまた新鮮で思わず笑うと、まじで恥ずかしいから仕方ないだろと言い、彼はまたマシュマロを焦がしていた。

「……あー、楽しいことって本当にあっという間に終わっちゃうんだよねえ」
 薄明を迎えながら、ぽつり。
「……そうだな。
 また、ときどき休暇をもらえばいいんじゃねぇかなとは思うけど。
 そういえば、」
 相槌を打つように、焚火のゆらめく炎がパチンと跳ねる。
「ユージヌイの瞳は……まるで夜空のようだな。
 虹彩が金色だから満月の夜のようだな……と、思った。
 多分、こうして一緒に過ごさないと一生気付かなかっただろうな」
 そういう意味でもいい一日だったと思う、とユージヌイの目を見ながら睡蓮は続けた。
 そのまま腰を伸ばすように立ち上がり、屈伸運動を始める。
 多分それも彼の照れ隠しなんだろうなと、ユージヌイはぼんやり思う。
「……ふ、はは……スイレン照れてんのー?」
 茶化すように声をかけながら、生まれて初めて自分の瞳を褒めてもらえたことが嬉しくて、ユージヌイは弛む頬を何度も撫でた。

 夜明けの優しい空気が、とても心地よい。
 とても幸せな気分とはこういうことをいうのかもしれないね、と、ユージヌイは睡蓮の背中に語りかけた。

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