意外と忘れていること。
「人は生き物だ」ということを、ふだんその身に感じながら生活している人はどれほどいるのだろうかと思うときがある。ほとんどの人は生活の中で自分の命の心配をなんかしていないだろう。日本社会は様々な問題を抱えているけど、命の危機を感じずに生きていくことができているのはずばらしいことだなあと思う。そんななかでも不意に、自分を含め周りの人間は生きているのだということを強制的に知覚させられる出来事と遭遇することがある。今日ぼくは居酒屋を訪れていた。ほろ酔い良い気分でもう帰ろうかというころ、ぼくの左肩をなにかがかすめ「ガタン!」と大きな音がした。何かが倒れたみたい。誰か転んだのかなと思って音の方へ目を向けると、人が横たわっていた。顔は青白く、目の焦点はあっていない明らかに異常のある様子だった。急にギュッと緊張した感覚に襲われた。
結論から言うと、ぼくは一番近くにいたのに「大丈夫ですか」と声をかける以外何もできなかった。ぼくの方が近くにいたのに、たまたま同じところに居合わせた、救急で働いている人にその人を預けてしまった。どうやら倒れた人は貧血でだったようで、意識を取り戻したので連れの人に様子を見るように伝えて任せることにした。
この時の救急隊の人の存在が頼りになることと言ったら本当に希望の光だったんだ。その場にいた数人がうろたえる中、「大丈夫です、自分救急隊なので。」と言ってくれた時は全員がホッとしたことだと思う。反対に、自分の無力さには、ふがいなさと情けなさを感じずにはいられなかった。
突然、生命活動に異常を抱えている人が自分の前に現れたとき、ぼくは何もできないということを思い知らされた出来事だった。せめてその人を放置しなくてもいいような知識や能力がぼくにはなかった。救急隊の人はきっと、そういう場面に遭遇することを想定してトレーニングしているのだろう。だからあんなに自然に対処できたんだ。
想定外の出来事に人は弱い。想定と対処のトレーニング。今日ぼくは、人が倒れたときの想定をするチャンスをもらった。ちゃんと想定しておこう、自分が誰かの命を放置しなくていいように。人は生き物だから。立っている人がいつ倒れるかなんてだれにもわからないんだもの。