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全員ギュッとされろ|1月23日(木)きたのこうへい
朝9時、出勤。京都で買った阿闍梨餅を二つリュックに入れる。おやつにする。
仕事の合間に長大な待ち時間が発生したため、担当になっている京都文フリの日の交換日記を書く。思い出された出来事をなるべく抑制的に「棒読み」で書くことにしてみる。京都での夜、ことばの学校の同級生で一緒に泊まっていた木村さんとそういう話をしたので、それを意識。「棒読み」で書く文章が、結果的に自分の身体性をもっとも宿すものになるのではないかと、ともするとジャーゴン化する「身体性」というタームに一定の留保をしながらふたりで話した。自我の表出をできるだけ我慢して、蓋をして、抑えつけた蓋と鍋の隙間から我慢ならないと煮汁がぐつぐつっと溢れるように、身体がこぼれ落ちる。そういうイメージだったろうか。いまのところ「棒読み」が意味するところはフィーリングだが——ふたりの念頭にあったのは濱口竜介の脚本読み合わせ——、『火を焚くZINE vol.1』に寄せたエッセイを書いているときと似たモードが起動しているのを感じる。気持ちを切らさないで、ずっと中空にむかって声を発するように、どこかで砕けちゃわないで、息を止めるように、楽を禁じて書く感じ。最近たるんでたな、と思う。楽ばっかしてた。先のエッセイを集中して書いた1ヶ月で俺は3キロ痩せた。これは痩せちゃう書き方なのだったと思い出す。だからやっぱり、この書き方には身体が差し出されている。物理的に。あのエッセイには3キロが乗っている。また痩せたくない、けどとりあえず、これで書き通そうと思う。阿闍梨餅一個目。
18時半、退勤。帰り際に同僚にもう一個の阿闍梨餅を渡すと「阿闍梨餅だー!」とえらく喜ばれる。この前の京都からの帰りに、さざわさんが、阿闍梨餅をもらうと「阿闍梨餅だー!」ってなる、と話していて、嘘みたいにそういうリアクションが来たのでちょっと面食らった。
仕事が早く終われば間に合うと思っていた渋谷のお笑いライブが間に合いそう。街裏ぴんく、Aマッソ、カナメストーンの3組がネタをしたり記者会見風のトークをするライブらしい。街裏ぴんくとAマッソが同じ舞台で見られる機会もそうないだろうと思ってチケットを取っていた。ホールの一階で受付をすると、アルファベットと数字の組み合わせを口頭で言われ、「それが席番なので覚えて八階まで上がってください」とアナウンスされる。「覚えてください」と言われた手前、スマホにメモするといった発想もとっさに生じず、エレベーターで八階まで上がりながら、告げられたアルファベットと数字を脳内でひたすら反芻することになった。客の記憶力に運営の一部が委ねられたシステムのおかしみが階を上がるごとに増していくようだった。このライブは新聞連載のリアルイベント的なライブのようで、全体にお笑いライブというよりオフィシャルな場に芸人が営業で来ている、みたいな空気感があり、場に自分を馴染ませて笑う態勢をつくるのに時間がかかった。開演前のちょっとしたまごつきに同業者的に胃が痛くなったりもした。けどおもしろかった。カナメストーンが、ピアノの練習中にどうしてもエクソシストになっちゃうネタ、Aマッソがアシックスの会社説明会のネタ。みんな冗談をやりきっていて、見習いたいなと思う。
街裏ぴんくが、氏の古典とも言える「ホイップクリーム」のネタをやってくれて、生でこれを見られる日が来ると思わなかったので感無量。他の二組との思い出のネタだということで、得体のしれないライブにも来てみるもんだなと思った。そんなんもうお行儀よくしてられへんやん!?
ライブが終わってiPhoneの電源を入れるとLINEの通知が幾重にも重なっている。大学からの友人ふたりとのグループが「わんだふるぷりきゅあ!」の話で盛り上がっている。なんかふたりとも感極まっている。ふたりは、もともと同じ学部の別の知り合い。ふたりは面識は薄いが被る趣味が多いようで、Twitterを介して互いにコミュニケーションはとっており、会って話したらきっと楽しいだろうということで、ふたりと共通の知り合いである自分を交えてこの前初めて3人でご飯を食べたのだった。こういう、共通の知り合いを通じて3人で飲む、みたいなとき、だいたい自分は「共通の知り合い」じゃないふたりのどちらかであることがほとんどだったので、自分がハブとなって間をとりもつみたいな場が新鮮で、気楽で、楽しかった。それで、ふたりがその場で激しく推してきたのが「わんだふるぷりきゅあ!」だった。ふたりの熱に打たれて、帰りの電車で大手のサブスクに登録した。俺はまだ一話も見られていないが、放送とほぼ同時に追っているふたりは佳境に迫った物語にすっかり感情を揺さぶられているようだ。打ち解けたふたりがLINEでぷりきゅあを肴に盛り上がっている画面を見ていると、じわっと胸が熱くなる。いいことしたなあ、という達成感に勝手に浸る。いわく「こむぎ」という人が「金メダル」で、「登場人物全員ギュッとされろ」とのこと。自分はなにか作品を見て「登場人物全員ギュッとされろ」と思ったことがないなとか、「ギュッとしたい」じゃないんだな、とか思う。そういえばさっき、街裏ぴんくにファンの人がハグされてたな。
きたのこうへい
神奈川県出身。裏方仕事と研究。俺だってギュッとはされたい。
【「火を焚くZINE vol.1」発売予定】
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