秋田魁新報「岸本尚毅の俳句レッスン」を読む(1~5)
先日の岸本尚毅さんと犬星星人さんの勉強会を受講してとても良かったので、改めて秋田魁新報社の「岸本尚毅の俳句レッスン」を読み返していくことにしました。大まかに1~5くらいの単位で読み返して、改めて気づきになったところを挙げていこうと思います。
俳句レッスンの冒頭に
とあるのですが、流石におこがましいなと思いつつ、自分も気付いた点は臆せず記していこうと思っています。
気になった回
(1)「切字」を上手に使おう
(2)響きと余韻を楽しむ
「や」を入れることの効果に述べている回(1)なのですが、「や」を入れることで、そこで休符のようなものが生まれること、直前の言葉に注目があつまることを述べています。逆に「や」で切らない場合、上と下のつながりが意識されるので、スピード感が生まれるとのこと。
切れ字をつかわないことによるスピード感という意識は、今まで持たなかったのでとても勉強になりました。
また2回目では、切れ字を伴わない切れの例がいくつか紹介されているのですが、これも興味深い。「表現を再構成する」「短い文に切って考える」の項目では、
句が冗長になるところを、短い文に切る(AとB)のようにすると、句としてまとまるよ、という添削をされています。
助詞をなくすことによって、句全体が引き締まるような添削で、こちらも実践したくなりました。
(3)言葉を実体に近づける
「美しさ」は感覚、印象。実体は「花」そのもの。小林秀雄の言葉を引用しながら、俳句をどのように実体に近づけるか(感覚や印象を排除すしていくか)ということを深めていく回。
高濱虚子の句を引用して、
「うれしさ」の実体とは、待ち望んでいた雨が降ってきたときの気持ち。実体に近い言葉としての「待たれたる」が推敲後に選ばれた。より実体に即した措辞があることで、読者に解釈の余地が広がっています。
(5)詩情を突き詰めれば
「この句の本質はなんだろうか」→ 作品固有の詩情はどこから湧き出るのか
1)対象を具体的に示す
2)行動と結果
→原因となる行動や変化を述べるのか or 結果として生じた状態を述べるのか
この調子で書いていくと、途方も無いことに今気づきました(汗)ひきつづきゆるゆると書いていこう思います。
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