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阿部青鞋俳句全集を読む⑦

第八句集「ひとるたま」は、昭和58年発行。全編旧仮名で書かれています。巻末に俳諧歌、随想があり、そして後記と続いています。

後記には、妻の病に伴い、美作から東村山に移住した際に、関係資料の大半を残してきたとあり、今回の句集には、以前の句集にも収録されていた句もいくつか含まれていました。

この年、阿部青鞋は、第30回現代俳句協会賞受賞しています。(受賞作は現代俳句協会のホームページにて読むことが可能です)

以下、感銘を受けた句をあげます。(以前の句集と同じものは極力省いたつもりですが、重複してる箇所があるかもしれません。)

穀象
 この国の言葉によりて花ぐもり
 要するに爪がいちばんよくのびる
 想像がそつくり一つ棄ててある
 炎天をゆく一のわれまた二のわれ
煖炉
 ねむれずに象のしわなど考へる
 くさめして我はふたりに分れけり
 七夕や輪ゴムが一つ落ちてゐる
孔雀
 はりがねがたうたう海になつたのだ
 トランプのダイヤに似たる夏心
 左手に右手が突如かぶりつく
 参考に一つの星が流れけり
肉体
 元日の何時間かが過ぎにけり
 ひたいから嬉しくなりてきたりけり
 れんこんの穴もたしかに噛んで食べ
 秋晴れや蝶はつめたきところより
南風
 くちびるを動かせばくる電車かな
 聖堂へ嘔吐のやうな虹がでる
 なんとなく嘘つきながら滝は落ち
人声
 滝凍ててむしろこの世のものとなる
 ばらの花束が夜行列車になる
 つじつまを合はせて秋の雨がふる
食器
 金屏風立てて咲きたるすみれかな
 どきどきと大きくなりしかたつむり
 片あしのおくれてあがる田植かな
 人生をにくんで泳ぐプールかな
 八月は食器を買ふにふさはしき
海溝
 けしからねども褐色はこころよき
 病院のかゆの中から時計が出る
 害になるべき月光の中をゆく

「阿部青鞋俳句全集」暁光堂俳句文庫

阿部青鞋の代表作としてよく取り上げられる

くさめして我はふたりに分れけり
トランプのダイヤに似たる夏心
どきどきと大きくなりしかたつむり

「阿部青鞋俳句全集」暁光堂俳句文庫

の作品は「ひとるたま」に収録されていました。又これらの作品は、先にあげている現代俳句協会賞にも収録されており、おそらくそこからの作品が世の広まったのではないかなと想像します。

今回の句集も、前回の句集につづいて、旧仮名で書かれているのですが、現仮名時代の軽やかさのままに表現されていて、一句における漢字の絶妙な配分もあいまって、今までの作品の集大成的な句集になっている印象をうけました。

また、今回の句集では巻末に随想があり、阿部青鞋が俳句に対する想いを記述している文章集があるのですが、それがとても素晴らしかったので、こちらもシェアしたいと思います。

人間が生きる上に、何でもないことは先ず無い。何でもなさそうな事も、みな何でもある。全て何でもあるものが、何でもなさそうな顔をしているそのおかしさを、私は私なりのありていな言葉でいってみたいだけだ。

俳句は、(中略)詩と無区分状態にあろうとするものでなく、固有の形式のよって、他への区分をどこまでも明証し同時に他と対立する、そういう詩だ(後略)

文学や詩で俳句をつくるのではなく、俳句で文学や詩をつくるのである。いわゆる文学や詩にならない文学や詩を創るのである。
(中略)
雪は雪としてふる。雨は雨としてふる。雪でもあり雨でもあるのは、別に霙という。俳句は俳句としてふれ。詩は詩としてふれ。

以上、句集「ひとるたま」随想より。「阿部青鞋俳句全集」暁光堂俳句文庫

これらの随想をよんで、なるほど阿部青鞋が俳句でやりたかったのはこういうことだったのか、とすべて腑に落ちました。「なんでもないことでも、なんでもある」というのは、本当に言いえて妙で、阿部青鞋の句を読んでいると、なんでもないことが、なんでも在るように存在していて、そのことに毎回衝撃を受けていました。

今回の作品で、改めてそれを感じさせると思ったのは、

片あしのおくれてあがる田植かな

の句。
この句から受けた印象は、これは高野素十や波多野爽波がやる客観写生そのものなのでは、ということ。この句が素十や爽波の句集にはいっていても、なんら違和感なく受け止めることができそうです。それが、この句が阿部青鞋の句集にはいっていることで、客観写生とは違う「なんでもある」感がでていて、前後の句の影響って改めて凄いなと。
阿部青鞋がたどり着いた世界と、波多野爽波がたどり着いた世界が交錯していることが、今回の句集を読んでいて、何よりも興味深く、もともと全然違う全句集を読むつもりだったのが、こうやって出会ってしまうのが、なんだか運命的なものさえ感じてしまいます。(笑)

私もこのような、なんでもないけどなんでもある事象を詠んでいけたらと、改めて思いました。(つづく)

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