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[UPDATE]新名人おめでとう! 谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」書籍レビュー

 本書は、将棋の十七世名人谷川浩司が、若干二十歳ながら、将棋界の歴史を次々に塗り替えている、藤井聡太氏の強さの秘密、そして将棋界最高のタイトルと呼ばれる名人の奪取の可能性を探った書籍である。

 本書の執筆は、昨年2022年12月。執筆の時点で、藤井氏は、タイトルは、全タイトル八冠中五冠を保持、名人戦挑戦権獲得のための、A級順位戦(将棋界TOP10 十人の総当たり戦)を対戦中の状況であった。
 その後、今年2023年に入り、王将・竜王・王位・叡王・棋聖の五冠のタイトルに加え、棋王戦に勝利し、六冠。さらに、A級順位戦は、プレーオフで広瀬八段を破り、渡辺明名人への挑戦権を獲得。名人戦全7戦の内、現時点で2戦が行われ、藤井氏の2連勝中。まさに、無敵とも思える強さである。
それでは、本書の内容を紹介する。

 冒頭、谷川氏は、将棋界における名人の存在、今の藤井さんの存在について次のように、記している。

 将棋の歴史とは、四百年を超える名人戦の歴史でもある。(中略)
 記念すべき第八十一回順位戦・名人戦は、将棋史において一つの画期をなすかもしれない。将棋界の数々の記録を塗り替えてきた藤井聡太竜王がA級順位戦で優勝して挑戦者となり、さらに名人戦七番勝負を制して新名人になるかもしれないからだ。
 そうなれば、私の持つ史上最年少名人記録の二十一歳二か月は四十年ぶりに更新され、二十歳十~十一か月という新記録が打ち立てられる。(中略)しかし、新名人への道は決して平坦ではない。まず、A級順位戦では、いずれ劣らぬ強豪十名が総当たりでしのぎを削る。十人のタイトル獲得経験者が九人、タイトル経験のない稲葉8段も名人挑戦者になっている。(中略)
 将棋界はいまも名人戦を中心に回っており、将棋変革のうねりの中心には藤井聡太がいる。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

 そして、藤井氏の強さとは如何なるものかを、解説している。

 特定の得意戦法やこだわりを持たず、AIも研究に取り入れながら常に最善手を追い求めていく。
 勝つことを目的にするならば、必ずしも最善手にこだわらず、自分の得意戦法に誘導することも考えられる。しかし藤井さんは相手の研究不足や苦手な形に頼ることをせず、常に自力勝負に持ち込んでいる。
 相手の得意戦法も避けたりせずに正々堂々と戦う。相手によって作戦を変えたりしない。だからいまも対戦相手の研究に重点を置かない。盤上の真理をもとめて、いま自分が興味を持ち、常にベストと思う指してを選ぶ。
 もちろん、そうした勝ち方が将棋の王道であり、理想ではある。
 しかし、ほとんどの将士はそれができない。すべての戦法を研究し、その戦法特有の考え方と感覚を理解し、どんな戦法でも高いレベルの将棋を常に指せる将士は一握りしかいない。(中略)
 ほとんどの将士にとって、王道を往く将棋は常に理想として勝負のはるか彼方にある。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

 まさに、王者の強さである。谷川氏は、さらに、その強さを培った要因として、次の二つを挙げている。

「詰将棋で培った卓越した終盤力」
 終盤では、詰むか詰まないかという局面を幾通りも考えなければならない。そこでの読みのスピードが勝負を分ける。詰みの形、あるいは詰まない形をどれだけ多くを知識として持っているか。数多く持っていれば、それだけで終盤の読みの速度がアップする。(中略)
 詰将棋の鍛錬によってそのパターンを数多く記憶している藤井さんは、読むスピードが抜群に速い。終盤でさまざまな妙手がひらめくのは、豊富な読みの質と量に支えられているからである。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

「長考が地力を育む」
 もともと抜群に強かった藤井さんがさらなる進化を続けているのは、やはり数多くの激闘を重ねていることが大きい。
 特に二日制のタイトル戦だ。プロ棋士は終盤に至れば、最善手や勝負手といった答えを求めて、例外なく考えて答えを出せるか出せないかは、その人の実力次第である。
 二日制のタイトル戦は持ち時間も八時間以上と長いので、結論が出ない局面でも、一時間、じっくり考えることができる。それはすぐには数値や結果に表れないかもしれないが、そこで考えた蓄積が将士の地力を大きく伸ばす。
 長考の時間で、どれだけ充実した内容の読みを重ねることができるか。これによって、将士が対局という真剣勝負の中でどれだけ成長できるかが大きく変わる。
 答えが出そうにない序盤の局面でもしっかり考え抜くことで、藤井さんはより確かな技量と底力を身に着けた。(中略)
 藤井さんはAIを利用して強くなったと思っている人がまだ多いが、決してそうではない。彼は自分の中で考え抜いて強くなった。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

 また、著者は、印象に残る、「藤井さん自身の発言」、また、「対戦相手の藤井さんへの発言」も取り上げている。

 「最年少」「最多」といった記録に注目する周りに比して、藤井さん自身はタイトル獲得や記録にとらわれていないことは、折に触れて明らかにしている。
「目標は記録よりも、ともかく強くなること」
「自分自身のことが一番大切なので、成績自体はあまり人と比較することは意味がないかなと思っています」
記録を伸ばしたり、ただ勝ったりすることよりも、自分自身が純粋に強くなることを目指すというスタンスは、将士になった時から変わっていない。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

「対戦して感じるのは、常に将棋のそばにいるのではないか、ということ。盤を挟んで向かい合い合っていて、ふと藤井さんはきっと日常もこれと同じ感覚で過ごしているのでは…と感じる瞬間があるのです。常に将棋と一緒にいるといいますか。プロでも24時間将棋のことを考え続けるのは難しいですが、その辺りが、強さの原点ではないかと思います」
 藤井さんの強さの源を示唆する言葉である。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

 そして、著者は、藤井聡太はどこまで、そしていつまで強くなり続けるのかにも言及している。藤井さん自身は、「将士のピークは二十五歳」と話しているが、この点は、違う視点を述べている。

 二十五歳までには、記憶力、瞬発力、集中力などさまざまなが急成長する。(中略)
 二十五歳ぐらいであれば、すべての将譜を記憶することも可能だ。しかし大事なのは、単に将譜を覚えているということではなく、正しい情報を正しく整理して、必要な時に引き出せる記憶力と情報の統制力である。
 そういう総合力をどれだけ長く維持できるか。「ピーク」と言うと、そこから落ちるばかりのイメージだが、決してそうではなくて、その後二十年ぐらい全盛期を続けることも可能である。

谷川浩司著「藤井聡太はどこまで強くなるのか 名人への道」より

 以上が、本書の概要になる。私の本書を通じた気づきは、自分軸での努力の大切さである。将棋が大好きだった少年が、プロになっても、変わらず将棋を愛し、地位や名声ではなく、ひたすら強くなりたいと、邁進してきたことが、今の藤井氏を形づくったのだと思った。彼にとって将棋を強くなるための努力は、努力と感じないのだろう。今の日本を代表する20代の大谷選手、藤井さんに共通するものを感じるのは、私だけでは、ないだろう。
 私は、彼らより、だいぶ年を取った普通のおじさんだが、自分軸での努力の大切さを胸の片隅において、日々を送っていきたいと思う。

 最後になるが、谷川氏は、藤井氏が新名人になる最大の関門は、A級順位戦で首位を獲得し、渡辺明名人への挑戦権を獲得することと記していた。藤井氏は、A級順位戦を首位通過し、名人戦7戦の内、今の所、2連勝である。これで、渡辺名人との対戦成績は、18勝3敗。いよいよ将棋の歴史が変わる瞬間に我々も立ち会うことになりそうである。

2023年6月3日(土)追記

 2023年6月1日(金)、藤井氏が渡辺名人に勝って4勝1敗とし、史上最年少で「名人」のタイトルを獲得した。年齢は、「20歳10か月」で、谷川氏の「21歳2か月」を、40年ぶりに更新。また羽生九段が、1996年「25歳4か月」で、当時の全ての七大タイトル獲得したとき以来、37年ぶり、史上2人目の「七冠」を達成し、最年少記録も大きく更新した。

 今後は、8冠、王座のタイトル奪取に期待がかかる。王座戦は16人で争う挑戦者決定トーナメントの優勝者が挑戦者となる。藤井新名人はその初戦を突破し、永瀬王座への挑戦権獲得まであと3勝。挑戦権を勝ち取るまで、一敗もできないトーナメントの厳しさが立ちはだかる。
 藤井新名人が全冠制覇を達成して新たな伝説を作るか、それとも阻止されるか。今後の展開から目が離せない

 最後に、名人のタイトルを獲得した、藤井新名人のコメントを記す。

「名人という立場は本当に重いものです。自分がそういう位置(名人位)に到達できたとは思えないところがあるんですけど、名人という言葉にふさわしい将棋を、という気持ちが一番強いです。(中略)
 名人戦で持ち時間9時間の中で自分で良いところも課題も多く出たシリーズだったかなと思うので、大きな収穫だったかなと思っています」

スポニチアネックスより

 名人のタイトルを手にしても、将士として、あくまで自分自身の更なる強さを目指して、高みに挑み続ける気持ちは変わらないようだ。


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