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自分にとっての欠点も、神の前では美点

最近読んでいる、
曽野綾子さんの『心に迫るパウロの言葉』


私の日々の生活の中でのさまざまな感情を整理できる、
すごく助けられている1冊。


その中で最近、
私の心に迫った、曽野綾子さんの言葉がこちら。
(前後の文章は省略しています)

人にはみんなそれぞれの役目がある

心に迫るパウロの言葉〜曽野綾子〜

神から与えられた運命をつかいこなす

心に迫るパウロの言葉〜曽野綾子〜


曽野さんは、
物事を身につけるのに時間がかかるけれど、
辛抱強くいつまでも練習し続けるから、
最後は何とかモノにできるそうです。


なんでもそつなくこなす人もいれば、
そうじゃない人もいる。


そうじゃないからと言って、
その人の存在は不必要なのか?
というと、そんなことはない。


私は曽野さんの、
ちょぴっと捻くれた感じの表現に救われるし、
堅苦しくない曽野さんのマインドに元気をもらっています。


曽野さんは何でもそつなくこなせるタイプではないかもしれないけど、
曽野さんが綴る言葉は
私に活力を与えてくれます。


これは上で引用した2つのことばに繋がっていくものだと感じます。


私は結構自分に自信がないタイプだと自分では思っていて、
自分で言うのは恥ずかしいけれど…


  • 人を簡単に信用してしまう幼さ

  • 思考回路がシンプルで、幼い印象を与えてしまうこと


がすごく悩みでした。
こうやって書くと、
「なんだ、いい人ぶってんじゃないわよ」って思われてしまうかもしれないですね。


でも、ようは「馬鹿っぽい」ってことなんですよね。
こうやって書くと、欠点でしょう?😅


だからなめられちゃうんですよ、色んな人に。
若い頃は「素直でいい子」で済んでたような気がするけれど、
大人になるにつれて、なめられちゃうんですよ。(2度言うw)


人間関係の悩みを「その人だけ」に相談したら、
私の知らないところで、みんなが知ることになっていたり

本音と建前の線引きが難しく、
一体どの言葉を信じて良いのかわからず、
人間関係で躓いたり。


「言葉の裏を読む」と言う発想が大人になるまでなくて、
すごく苦労しました。


まず、嫌味が理解できない。
建前を本気に受け取る。
私の言葉をそのまま受け取ってもらえない。


だから今は、

  • とりあえず全部本気には受け取らない

  • 自分の言葉が相手にどう受け止められるのか、多角的に検討してから発言する

ということをなるべく実践するように取り組んでるのですけど、
なんだかとっても疲れるんです。
神経すり減ると言うか。


きっとこういうことってみんなが「当たり前」にできることなんだろうな。


そうやって思うと、
もう33になるのに、私って何でこんなに幼いんだろう・・・


と、すごく自信をなくします。


本の中で曽野さんは、Iテモテの御言葉を引用しています。
その中で私の気づきとなった箇所がこちらです。

神が造られたものはすべて良いもので、感謝して受け取るとき、捨てるべきものは何もありません。

新改訳聖書 Iテモテ4:4

私のこの性格も神から与えられたもので、
これを使いこなすすべと意欲があれば、
善いものとなるんだなと。
(この表現は、曽野さんの表現をいただいています)


私にとっての自分自身の欠点(未熟な性格)も、
神の前では美点となるのかもしれない。


そう考えると、
なんだか心が洗われた気持ちになりました。


自分を磨く努力は続けていくけれど、
周りと比べて落ち込むのはやめようと思います。


人は人。
私は私。


それぞれに与えられた神からの任務は別のものなのだから、
比べようがないですよね。


この気づきを忘れたくないので、
備忘録的に、
ここに残します。


それでは。



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