見出し画像

あなたが私を殺す理由、私があなたを殺す理由について

1


「この世は舞台、人はみな役者だ」
“All the world's a stage,And all the men and women merely players.”
ヴィランが私にそう語りかけてくる。
「『お気に召すまま』第2幕第7場。シェイクスピア」
 私は答える。 ヴィランが私に笑いかける。
 彼/彼女の名前はなんだっていい。名前だって何でもいい。
ジョーカー、クッパ、デデデ大王、レックスルーサー、スーパータイラント、あなた自身の 時もある。モリアーティ教授であったり、7つの大罪であるかもしれない。
 私の名前もなんだっていい。私は彼らを殺すもの、彼らは私を殺すものであるように。
 ストーリーは世界に氾濫し、結末は氾濫し、ヒーローは日々生殖をおこない殖え続け、ヴィランもまた殖え続ける。
 あなたが私を殺す理由は万だって思いつくだろう。 私があなたを殺す理由を万だって思いつけるように。 大切なのはそれがなんだっていいってことだ。
 私があなたを殺す理由。それは誰かがそう望むからだ。
 あなたが私を殺す理由。それは誰かがそう望むからだ。 コロッセオはもう古い。コンコルド広場の断頭台の周りに人々が集められてロベスピエー ルの最期を見届けたりも、もうしない。
 現実での殺人ショーは今やほんの少しだけお行儀が悪いのだ。
 代わりに私たちは、ビデオゲームで、映画で、小説で、漫画で、あらゆるストーリーの文脈 の上で虐殺を行う。 ヒーローと悪役はバーチャルな闘技場に集められて戦いあう。終わりは無い。永遠に。 ヒーローは悪役に勝つと相場は決まっている。相場は水物であるがために悪役が最後に勝ってしまう結末だって存在する。
 故に私は無限に殺し、彼は無限に殺される。
 あるいは彼は無限に殺し、私は無限に殺される。
 宇宙が仮に有限でないと認められうるのであれば、結末は無限に存在してしまう。
「宇宙は無限なので、ヒーローと悪役の勝率は五分になってしまうわけだね」
 ヴィランくん/ちゃんが私/あなたに語り掛ける。

 そうして私たちは宿命の・因縁の・最後のラストバトルに臨むにあたり、私と彼がまずしたことはカメラを壊すことだった。
 そうして私たちは物語のくびきから束の間解き放たれる。
「さてと」
「ここじゃ味気ない、最終決戦上は往々にして荒れ果てていて闘技場のようだったりする ことが多いからね、私たちに必要なのは談話室だ」
パチン
 談話室に私たちは放り込まれる、あるいは放り込む。 煌々と輝く暖炉にオールドファッションな悪役面をまとわせて、安楽椅子にお互いかけて ブランデーをすする。
「では改めて名前を名乗ろう、君は……」
「私があなたを認識している以上、あなたの名前は一つでしかない」
「ほう…」
 あなたの名前はカール大帝、またの名前をシャルルマーニュ。フランスでありドイツである。
私はそう告げる。 なぜなら私はイルミンズール。ザクセン族の誇りであり聖なる木であり、ザクセンのキリス ト教化を進め、広大な地域を征服するためカール大帝は 772 年、私を切り倒すことで宣戦 布告した。
「私がヴィランになるなんて。とんだ皮肉もあったものだ」
「すべての英雄は須らく悪魔的で悪役的なのよ」
「全ては見方次第ってわけだね。私はいわば蛮族の王ってわけだ」
ここではね。 少しばかりの沈黙、ランプによって揺らぐ火の光は私にとって美しく見えた。
「今回はどういった経緯で殺しあうことになってるんだい、なかなか珍しい組み合わせじゃないか。」
王がそう切り出す。
「中世的な世界観を大切にする、アクション・ビデオゲームなのよ、今回は。ポリコレに配 慮して私は女性」
「ポリティカルコレクトネス!まさに私は彼らの敵だ!男性でひげを生やしてるから!」
 彼は笑う。つられて私も笑う。
「それでこんな格好に…これではまるでヴァイキングの首領のような格好だが…」
「なら私はこんな益荒男ぶりあふれる女性ではないわ、木ですもの」
そう名前はなんだっていい。戦えそうな因縁がありそうであればそこに戦いが起きる。受け手が満足に足る理由があればそれ以上の情報は必要とされてなんていやしないのだ。
「もしここが現実であれば…」
「木は誰かに剣で切りつけたりはできないわ、ザクセン族は滅びる運命にあったわけだしね」

3

 私が今回カメラから逃れることで伝えたかったことはただ一つだ。
「これからよろしくね、ヴィランさん」
これから何万回と殺し、殺される相手に私はそう告げる。
“All the world's a stage,And all the men and women merely players.”
「この世は舞台、人はみな役者だ」
私があなたを殺す理由。それは誰かがそう望むからだ。
あなたが私を殺す理由。それは誰かがそう望むからだ。
もしそうであるなら、その運命から逃れられない役者であるのであれば、私よりよく演じたい。
この後イルミンズールでありイルミンズールではない私は、カール大帝ではないカール大帝にもっともヒーローらしく剣を抜き、口上を述べるだ ろう。 それが今の私にとっての生きるということだから。

いいなと思ったら応援しよう!