おおあごぐぱぁ
僕はアリグモのクモ太郎。
アリにそっくりなクモなんだ。
実は、隣の席のアリ子ちゃんのことが好き。
この姿のおかげで、アリ子ちゃんは僕をアリだと思ってくれているんだ。でも、僕はアリじゃない。クモだから、絶対バレないようにしなきゃ。
「ハアハア、また出ちゃった……」
今日もアリ子ちゃんを想像して出てしまった精子を栓子で吸い取る。僕の蝕肢の先端の生殖球はもうパンパンだ。ああ、アリ子ちゃん……。
「ねえクモ太郎君」
人気のいない放課後の理科室、夕日に照らされたアリ子ちゃんの触角が揺らめいた。
「ア、アリ子ちゃん! こ、こんな所に呼び出して一体……」
僕は精一杯戸惑っている風をよそおいながら、胸のなかではメチャクチャ期待していた。
アリ子ちゃんがスッと距離をつめてくる。彼女のお腹の短い毛が、テラテラと光を反射する。
「……クモ太郎君のその頭のやつ、ちょうだい?」
「え? 頭のやつ?」
「それ、いつも乗っけてるじゃない。どこで採ってくるの? すごいよねクモ太郎君はエサ採りがうまくて」
そうか、アリ子ちゃんは僕の大顎をエサか何かと勘違いしてるのか。エサ採りうまくてすごい。アリ子ちゃんは僕のこと、そんな風に思っていたんだ。破裂しそうな生殖球がビクンとはねる。
「わたし、手ぶらでうちに帰ると、お姉ちゃんに怒られるの」
アリ子ちゃんはドジっ子だから、上手くエサを集められないんだ。そこがかわいいのにな。
「ねえ、いいでしょ? ちょうだい? ちょうだいよ……」
アリ子ちゃんは僕の大顎を甘噛みした。
「だ、だめだよ……そんな……」
これはエサっぽく見えるけど、僕の、僕の大顎なんだよ……アリ子ちゃん。あげられないよ。
それでもアリ子ちゃんはちょうだいちょうだいと、甘噛みを繰り返し、さらに触角でトントンなでなでしてくる。
「だ、だめだよっアリ子ちゃ……っ」
そんなにしたら……大顎、開いちゃう……!
ぐぱあ
僕の大顎は開いた。
「え? 何これ、何の種?」
アリ子ちゃんの触角トントンが激しくなる。
「ち、ちがうよっこれは僕の……これは僕のっ」
ガラッ!
「クモ太郎っ!」
「クモ夫!」
理科室に飛び込んできたのは、隣のクラスのクモ夫だった。
「クモ太郎、お前……こんなところで、こんなところで……」
クモ夫は体を震わせている。
アリ子ちゃんは僕の開いた大顎から、気まずそうに離れた。そしてクモ夫の脇を抜けて走り去っていった。
「お前……お前! こんなところでおおあごぐぱぁしやがって!」
クモ夫が叫んだ。
「だ、だってしょうがないじゃないか! アリ子ちゃんが」
「アリ子! アリ子アリ子アリ子! お前はいつだってアリ子だよな!」
ぐぱぁ
クモ夫は大顎を開いた。
「もっと、もっと俺をみてくれよっ」
がっきーん
飛び込んできたクモ夫と、僕の大顎が重なる。
「俺がどうしてバスケやめて鉄道研究部に入ったか、考えてくれよ……」
僕を見つめるクモ夫の眼は、夕日を受けて潤んでいた。
「お前が……クモ太郎、お前がいるからじゃねーかよ……」
「クモ夫……」
クモ夫の大顎が圧を強めてくる。
クモ夫、お前のぐぱぁした大顎……。
こんなにキレイだったんだな。
僕はもっと大顎を開いて、クモ夫を押し返した。
「なんだよクモ夫。ほら、大顎のさきっちょぴらぴらしちゃってるよ」
上下逆になった僕ら。
「な! してねえよ」
赤らめた顔をそらしたクモ夫、かわいい。
「お前だって蝕肢ビンビンにしやがって」
がっきーん
大顎と大顎が重なる。
立ち上がった僕らは、何度も何度も大顎を打ちつけ合った。
夕方の、理科室で。