BFC6予選落選作(最終候補)
ゾンビオヤジのキラキラ
オヤジが死んだと、病院から連絡があった。
悲しくは無い。やっと死んでくれたって気持ちしかない。
ガンガンと部屋の扉を蹴り上げる音。
「母親みたいに体でも何でも売ってこいや」
借金取りが叫んでいる。
かあさんはオヤジの作った借金の為に心も体も壊して、先に逝ってしまった。
表が静かになったのを見計らって外に出る。
こうして息を潜める生活を随分長いことしてきた。変わらないのか。やっとオヤジが死んだってのに。一生これが続くのか。
かき集めた小銭で買った食パンを抱えて部屋に滑り込む。
急いで扉を閉め鍵をかけ振り向くと、六畳一間の真ん中に、人がいた。
「オ……オヤジっ?」
昨夜死んだオヤジだった。
「オ……おォ……」
患者衣のまま、腕をダラリと下げ首を不自然に傾け、うなり声を出しながらユラユラと不安定に立っている。
ゾンビ。
そうだゾンビだ。オヤジがゾンビになって帰ってきた!
強い未練や使命を抱えた死者がゾンビになって帰ってくることはよく知られた事だ。
けど、どっちなんだ?
ただのゾンビか?
それとも、うちでのゾンビなのか?
最近のゾンビの中には、金目のものを体から出すやつがいる。落ちた目からダイヤが出たとか、はたまた松茸が無限に生えてくるとか。そんなゾンビを打ち出の小槌にならってうちでのゾンビと世間は呼んでいる。
「ウオゥ……オ……オエー」
オヤジは立ったままいきなり吐いた。
生きている間は毎日こうだった。しゃがみこんで汚物を片付ける悲しげなかあさんの背中が脳裏に浮かぶ。
そうだこいつは飲んだくれ暴れては、こうして所構わず吐き散らかしていたじゃないか。
くそ! こいつがうちでのゾンビになんて、なるわけがなかった!
「ちきしょう! ゾンビになってもろくでなしかよ!」
オヤジはエレエレと順調にはきくだす。
口から流れ出る液体。そう、それは汚物、のはずだった。でも、バラエティ番組よろしく、それはキラキラと輝いていた。
俺はその流れに手を突っ込み、歓喜した。
「さ、砂金!」
手のひらには、小さな黄金の粒が光っていた。
当たりだやったぞ! これでこの生活にサヨナラできる!
「オ……オ」
しかし、オヤジの吐瀉は止まった。
「おい! こんなんじゃ全然足りねえぞ!」
肩を落とした(ゾンビだから普通なのだが)オヤジの顔も、なんだか気落ちしているように見えた。
オヤジの残した借金は莫大だ。なんとか砂金を引き出さなくてはならない。
そして俺とオヤジの二人三脚が始まった。
『出す』以上、先に『入れる』必要がある。きっと、止まってしまったのは『中』に何も無いからだ。
「さあオヤジ、これを」
この家の中で最も容量の大きい器、つまり洗面器に水をなみなみとたたえ、ずいと差し出す。
「ぉお……」
オヤジはダラリと開いた顎をますます下げ、その分さらにこけた頬がそのガッカリ度を表していた。
水じゃ、ダメなのか?
そもそもゾンビはなにか未練があるからやってくるのだ。
試しにオヤジのよく飲んでいた焼酎を一升瓶ごと前に置いてみる。
「オオオオ」
オヤジは一升瓶を喉の奥に差し込むようにして飲み始めた。
ほっぺたが落ちそうとは良く聞くが、オヤジの顎は今にも外れて落ちそうだ。
「オエー」
そしてしばらく待つとそれを順調に吐き出した。洗面器はそれを受けるのにちょうど良かった。
ついに勝利の循環を手にした。砂金は順調にたまっていく。
でもふと思った。オヤジの未練とはなんだったのだろう?
うちでのゾンビとなって、罪滅ぼしに来た? いや選んでなれるものではないだろうし、オヤジはそんなタマじゃない。
やはり単に酒を浴びるほど飲みたかった。そういう事なのだろう。酒で破滅したのにまだ飲み足りないとは、まったく見上げたろくでなしだ。
と、エレエレとやっていたオヤジがユラユラと歩き出した。
そして部屋の隅にかかった大きな写真に近づいていく。それは俺が七五三の時に写真館で撮ったものだった。
あの時は三人幸せだった。五歳の俺と、優しく微笑むかあさん、そして……とうさん。
とうさんは、じっと写真を見上げている。
ああ。とうさんの未練って本当は……。
とうさんは写真に手をのばす。
そしてその後ろから『えろべっぴん若妻特選号』を取り出すと、そっと服の下に隠した。