吉本興業の騒動をサソリとカエルの寓話にあてはめて考えてみる
【サソリとカエルの寓話】
サソリが川に渡ろうとしていた。しかし泳げない。そこにカエルがやってきた。サソリはカエルに声をかけた。
「私をおんぶして向こう岸まで連れて行ってくれませんか」
「お断りします。だってあなたはそのしっぽの毒針で私を刺すでしょうから」
「いいえ。刺しません。そうしたら私も一緒に沈んでしまいます」
カエルは頼みを聞き入れて川を渡り始めた。
しかし、川の半ばで突然背中を刺された。
「刺さないって約束したじゃないですか」
「はい。けれど、どうしても刺さずにはいられなかったのです」
二匹はこうして川に沈んだ。
【私の解説&解釈】
まずは寓話の解説から。話自体は非常にシンプルな内容だが、いくつか疑問点がわいてくる。大きな点は2つ。
1.なぜサソリはカエルを刺してしまったのか?
2.そもそもなぜカエルはサソリの誘いに乗ったのか?
である。
1.なぜサソリはカエルを刺してしまったのか。カエルを刺せば自分自身も川の中に沈んで死んでしまうことになるにも関わらずなぜ刺してしまったのか。サソリの心情になってみる。そのうえでもう少しその場の情景を膨らませて想像してみる。
泳くことができないサソリは身の安全をカエルに預け川を渡る。渡る前はなんとか向こう岸に渡りたいという一心で気が付かなかったが、川を渡るということは、なんと危険なことかと気づく。さらには岸ではサソリの仲間たちが、危険だから引き返した方がよいと声をかけてくる。余計に不安になる。そこでサソリは川を渡る途中でカエルに提案する。
「引き返せませんかね?」
カエルはいう「今さら引き返せませんよ」
その言葉にサソリは、急に恐怖心を感じた。恐怖という目に見えない毒がサソリ自身の体中を駆け巡った。自分自身に恐怖心という毒が駆け巡っていくなかで、素知らぬ顔で川を渡るカエルがどうも気に食わなくなってきた。そこでサソリはこいつにも毒を食らわせてやると思い、自分自身の毒針でカエルを刺した。
こう解釈するのはどうだろうか。かなり情景も膨らませているし、想像の部分も多いが一つの読み方としては面白いのではないだろうか。
読んでいる人で気づいた方も多いと思うが、この解釈で読んでみると、サソリとカエルが今回の騒動の吉本芸人と吉本興業に置き換えて読むことができる。
今回のキーワードは恐怖心。この部分を甘くみた吉本興業は対応を誤るきっかけとなってしまった、と私は読み解く。
次に2.そもそもなぜカエルはサソリの誘いに乗ったのか?
ここの部分はいろいろと解釈のパターンがある部分だと思うが、私の解釈は当初はただ単純に困ってそうだったので親切心でやってあげた、である。リスクは当然分かっていたが、サソリの提案の論理に安易に納得してしまった。その場の意思決定というのは意外とそんなものなのかもしれない。ではカエルはどうすればよかったのか。
私が考えるカエルがすべきだった行動は、「岸に渡る目的」をサソリから聞きだして、お互いで共有することである。これができていれば、川の途中で不安になったサソリに対しても言葉をかけて状況が変わったかもしれない。(サソリがそもそも刺すつもりだったら別だが)
ただの寓話の解釈なので現実はもっと複雑な状況が絡んでいるのでなんとも言えないが、このサソリとカエルの寓話を軸に読み解くと、騒動の本質を見失わずに、一連のニュースを眺めることができるのではないでしょうか。
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