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おままごと
今回のヘッダーははじめて作ったコピー本?です。
あの時の高揚感はすごかったですね。コピー機から自分の絵が出てくるの、びっくりです。
何にも出来ないはずの自分が何か作ったんですから。
わたしのやっているのは創作じゃないとはよく思います。所詮おままごとです。
だからいろんな方と繋がった方が素敵だと思っていても実行できない。
もっと誇りを持って創作だと言えるようになりたい。
わたしは彼女たちをうちの子というのが苦手です。嫌ではないですし、他の方にうちの子と言われるのは何にも気にしません。
自分がうちの子というのが気に食わないのです。
人間のフィルターを通してでしか物事を語れないことの面倒くささが、わたしは本当に大好きです。
人間の創作はその最たるものだと思っています。自分の培ってきた偏見フィルターで物事を見つめて、出力するのが創作だとわたしは勝手に思っています。だから人間がすることに意義があるし、素敵だと思ってしまうんですね。
わたしは出力の方法に絵を選択しそれで自己満足している類の人間です。
自分も偏見フィルターを培ってきた、一個の人間であるからこそちょっとは面白みも出せるのでは?と思って創作ごっこに耽っています。
創作ごっこ、本当に楽しいんです。何にもない自分が、まるで何かをできているかのように感じられます。
コピー本を初めて刷った時の高揚感は多分一生忘れません。自分のゴミみたいな卒論刷ったのと同じプリンタなんですけどね。あの時は1ミリの高揚感もなかった。
他人に本気になれない自分にとってこれ以上の自己陶酔はないんじゃないかと思います。自分が作った人格に本気になって寄り添うふりをするんです。
彼女たちも一個の人格を持って生まれてくれたので、思う通りには生きてくれない。
神の視点で物事を描くことは美しいことだと思います。でも、わたしはそれをするには彼女たちに同情しすぎました。