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誰しもある「クソ野郎な自分と生きる日常」を描いた地味秀作(映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』)


マット・デイモンが贈るとか
マット・デイモン製作とか
みんな言うけどさ

監督&脚本のケネス・ロナーガンさんと

主演のケイシー・アフレックを覚えてあげて!!




どうも、キャサリン(偽名)です。

日本にいるとどうしても映画の公開は
余程の商業系人気作(スターウォーズ、アメコミ)とかで無い限り
同時公開とはなりませんのはみなさんご存知かと思います。
この映画もアメリカ公開から半年待って
アカデミー賞2部門受賞という栄誉を引っ提げて
満を持しての公開!

満を持してというとさぞ凄い映画と思いがちなのですが



全く持って地味。

とにかく地味。




でも、その地味なところが
この映画の存在する価値であり
アカデミー賞受賞に至っているんだと思うのです。

オススメだよ!傑作だよ!!と言いたいけれど
そういう言葉ではどうもうまく表現できない
でも、間違いなく価値ある映画です。
人の痛みがワンランク深く感じれるようになる
30代以上向けではないでしょうか。



■『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

予告はこちら

ボストンで便利屋として働くリー(ケイシー・アフレック)は
腕はいいけれど、良く客からのクレーム受けちゃうくらい
コミュニケーションが不器用で難あり。


そんな彼がいつも通り淡々と働いているところに、
兄のジョー(カイル・チャンドラー)の訃報が届き、
急ぎ車で1時間半ほどのところにある
地元「マンチェスター・バイ・ザ・シー」へ帰る。


兄は遺言として息子パトリック(ルーカス・ヘッジズ)の後見人として
リーを指名していた。
戸惑いを隠せないリー。


リーはマンチェスターに留まれない深い、深い理由がある。

これは、そんなリーとその家族、友人が
ジョーの死をきっかけに一つ前へ進もうと
お互いに向きあう「今」について描かれるお話。



あらすじだけ聞くと、アカデミー賞受賞とは言え
「ん?そんなに変わった話か?」と思います。


そう。設定自体は映画としては目新しくも何もないのです。
なんなら予告観てもわかるように映像がとてつもなく綺麗とか
そういう映画でもないのです。

でもそこに、
この映画の「存在する価値」と「評価される価値」が
あるように思うのですよね。ワタシは。


【注目ポイント①】

主演男優賞受賞のケイシー・アフレックの「際立つ地味さ」


今年のアカデミー賞主演男優賞に輝いたのは
そう、この映画の主演ケイシー・アフレックなのです。


ここで今年の主演男優賞ノミネート俳優をおさらいしてみましょう。


ヴィゴ・モーテンセン(映画「はじまりの旅」)


真ん中の赤いおじさんです。
見た目がもう濃いです。
映画「はじまりの旅」でもキャラ濃いらしい。
ロードオブザリングで有名です。




アンドリュー・ガーフィールド(映画『ハクソウリッジ』6月日本公開)


うん。イケメンです。
アメージングスパイダーマンでも人気。
最近だと「沈黙~サイレンス~」にも出ています。
そして新作映画も重厚そうです。


デンゼル・ワシントン(映画「フェンス」日本は未公開DVDスルー予定)


日本上映ありませんけど、
何をさておきデンゼルの渋さと迫力と凄みはさすが。


ライアン・ゴズリング(映画「ラ・ラ・ランド」)

ラ・ラ・ランドで一気に
日本でも知名度が頂点まで達した
もはや言わずと知れた歌って踊れて楽器もできて
しかも演技もうまい、職人イケメン実力派俳優。

からの



ケイシー・アフレックです。

どうですか!!!!!

この猫背ぎみな地味さ。

ケイシーの出演映画を挙げれる人が
どれほどいるのかと思うくらい
まぁまぁ知名度も低め。
なんなら兄のベン・アフレックの方が抜群に有名です。

にいちゃんの主演新作渋すぎる。



あまりの知名度の低さに
ウィキペディアの写真が可哀想すぎるケイシー。


もっと良い写真使ってやれよ(笑)



一度自分が監督した作品で大コケしちゃって
しかもセクハラ疑惑まで出てきちゃってからというもの
干されてしまっていたケイシー。


そんな彼が、本年度アカデミー賞受賞に至るまでの
前哨戦と言われる様々アワードでも
主演男優賞をほぼ総なめしたのが
本作品のリーという役柄。


当初は、兄ベンの大親友マット・デイモンが演じることも予定されたそうで。
映画が出来上がった後でのインタビューで
マット自身も
「僕が演じなくて本当に良かった」というほど
今回の役柄はハマリ役。

何がどうはまっているのかというと
大柄でごつい、兄のベンとは対照的に
ちょっと小柄で線が細く凄みの無い軽めの声。
その彼が演じるリーという男性の
不器用さと過去と今に向き合おうとする切ない暗い表情、
予告編でも既に感じるリーという人の線の細さと
大人になってしまったが故の葛藤。




全編を通して行動で語られる彼の気持ちに
観ているこちらは
もうドキュメンタリーを観ているかのように感じてしまうのです。
リアルな地味さ。
すぐそばにあるような映画らしからぬ
フィクションらしからぬ地味さが、凄い。



【注目ポイント②】

脚本賞受賞のストーリーの圧倒的「地味さ」

私自身、アカデミー賞って作品賞以外
そんなに気にしたことはありませんでした。
ニュースで観て「ふーん」って思う程度。
今年初めて英語のスキルアップも兼ねて
エンタメ記事を色々と呼んで
アカデミー賞とはっていう知識が蓄積されたところ。


実生活には何の効果ももたらしませんが。



で、ここ半年仲良くさせて頂いている
映画に狂った人たちから聞いたのは

脚本賞受賞作にハズレはない

らしいのです。
ストーリーとしてはずれがないとのこと。


さっき、

映画としては目新しい設定ではない

っていうたやん。




って思ったかと思うんですけど
設定は普通です。
ストーリーテリング、
つまりお話の進め方が良いんです。

映画で良くある希望的なストーリー展開とか
そういうのが一切なく
アメリカの片田舎、海沿いの街で進む
淡々とした話がそれはそれはリアルなのです。

人が死ぬときの
それを取り巻く人たちのコミュニケーションが
「お悔やみ申し上げます」っていう
ペラペラな一言だけでは終わらない裏側まで見せる感じとか
何気ない会話もふんだんに盛り込んだりとか。


全てが日常。

だからこそ、地味。


でもこれが私たちの生きる毎日だったりするので
それを忠実に観客にこびずに書き上げた
監督であり脚本家のケネス・ロナーガンは凄いなと思うのです。
ワタシもこうやって文章を書くから
多少わかるのですが
自分の言葉ではなくどうしても
観る側に媚びた表現になることって
あるんですよねやっぱり。
よく思われようとかカッコつけようとか
こういう表現が喜ぶんじゃないかとか。

でも、この作品はある種そういうのを一切排除して
フィクションではありつつも
リー・チャンドラーという男性と
その家族と友人を
登場人物の誰かに

『感情的に』深入りしすぎることなく

ある種平等に全員の不器用さを
描ききるストーリー展開は
もはやノンフィクション感さえある。


全員が完ぺきではなく不器用で
それぞれに相手には見えないし測れない
痛みや葛藤がある。




つまり

みんなが「クソ野郎な自分」と共に生きる毎日を
この作品はただ淡々と時計が秒針を刻むように進めて行く。

そこに、他の映画には無い地味だけど
強烈なリアルさがある。




【注目ポイント③】

マンチェスター・バイ・ザ・シーという日常


本作のタイトル「マンチェスター・バイ・ザ・シー」とは
そもそもどこなのかというと
ここです。

アメリカは東海岸。
北海道と同じくらいの緯度。
ボストンより北東に1時間半くらい
車で走らせたところにあります。
バイ・ザ・シー(by the sea)というだけあって
海沿いの田舎町。

実在する地名がそのまま
映画のタイトルになっています。
本作の登場人物ほぼ全員がゆかりのある街
それがマンチェスター・バイ・ザ・シー。



ゆかりのある街というのは
街自体はただそこに物理的に存在はしているけれど
自分自身にとっては強い意味を持っていることも多々あります。

それは自分の人生の時間を
そこで過ごしたという証であり
その瞬間瞬間にいつも誰かがいた
という事でもあります。



他の人が見ればなんてことないただの通り道も
そこで時間を過ごした人なら
あの時、あの人とこんなことをしたな。
なんて、ちょっと回想しちゃったり。
こういうことって誰しもがあるんじゃないかなって思います。


故郷とは美しいものであるという
人が帰りたくなるような癒しみたいなのを
描く作品が多い中で
この作品は美しさを押し出してはいない。
むしろ予告通りどちらかというと
ずっと曇ってて淀んでいる。
海もきれいかというとあんまり綺麗には見えない。



ストリートビューでも確認すると
なんというか映画通りの静かそうな街。

そう。この映画の最大の特徴。
余計な演出が一切なく終始



いつもの日常



としての光があたっている。
そこに住む人が、
嬉しかろうと悲しかろうと何をしようとも
淡々とそこに存在するマンチェスター・バイ・ザ・シー。


このマンチェスター・バイ・ザ・シーっていう街は
出てくる登場人物たちの
過去であり、今という日常であり、これからという未来。



その時の流れと現実とを
街は淡々と語りかけてくる。
答えを出すわけでもなくただ、淡々と。



リーや甥っ子のパトリック、
そして彼らを取り巻く家族や友人たちの
その舞台となる街がいかに
普通で、地味であるかという描き方にも
この映画の価値があるように思えてならないんですよね。



人生って、ドラマチックな展開よりも
日常の方が圧倒的に多い。
そんな人生の一幕を、出てくる人物を通して
いつも通りの光を当てながら追っていく。



そのストーリーに観客は
自分の人生の「あの時」を振り返り
そして向き合い方を自問自答する。



これもまた映画の役割でもあるなぁと思うのです。


本年度のアカデミー賞ノミネート作品の中でも
ズバ抜けて地味な本作。
CGIなんて使ってない。


観る方に媚びない
現実に誠実な脚本から紡ぎ出される
繊細かつノンフィクション的な内容。


主演男優賞受賞のケイシーの演技を筆頭に
助演男優賞ノミネートの甥っ子パトリック役のルーカス・ヘッジズ、
助演女優賞ノミネートの元妻役ミシェル・ウィリアムズ、
この2人のこれまた普通で地味で、
良いところもダメなところも溢れる
人間味ある演技は
観客の心の中の所縁の地
それぞれの思いがつまる街へと記憶を
リアルにリンクさせる。




観る人それぞれの

あの日あの時のあの日常。



それぞれの不器用なクソ野郎な人生と
これからの今。



それを思い起こさせてくれる秀作です。
ぜひ多くの人に見てもらえたら嬉しい。
地味だけど、でも、価値ある映画です。ぜひ。



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キャサリン
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