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【あんま師、はり師、きゅう師及び柔道整復師法違反事件】

【営利的言論の自由】に関する、本邦唯一の最高裁判例とされる。
 滋賀県の灸師であった被告人が、近隣の町村に配布した広告ビラに「あんま師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法第7条」に違反する広告内容を記載していたというもの。

あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法

第7条 あん摩業、はり業、きゆう業若しくは柔道整復業又はこれらの施術所に関しては、何人も、いかなる方法によるを問わず、左に掲げる事項以外の事項について、広告をしてはならない。
 一 施術者である旨並びに施術者の氏名及び住所
 二 第1条に規定する業務の種類〔あん摩、はり、きゆう、柔道整復〕
 三 施術所の名称、電話番号及び所在の場所を表示する事項
 四 施術日又は施術時間
 五 その他厚生大臣が指定する事項
2 前項第1号乃至第3号に掲げる事項について広告をする場合にも、その内容は、施術者の技能、施術方法又は経歴に関する事項にわたつてはならない。

 具体的に何がいけなかったのかというと、適応症つまり「灸は何の病気に効くのか」という病名の紹介が含まれていたという事案である。病名の記載は第7条の各号に含まれておらず、したがって実際にその病気に効くかどうかにかかわらず違法という法律であった。

 そんなことが違法なのかと思われるだろうが、この法律は按摩や鍼灸、整体といった東洋の伝統医術を信じなかったGHQが、これらを禁止しようとしたところ激しい反対に遭い、妥協案としてこのような異様な法律ができたという経緯がある。当時のアメリカ人にしてみれば東洋医学は「アジア人の迷信」に過ぎず、現在の反ワクチン民間療法のようなものに思われたのだろう。このあたりの事情は、日本鍼灸師会のHP「日本鍼灸師会50年の歩み」に詳しい。

 最高裁は次のように判示した。

 論旨は、本件広告はきゆうの適応症を一般に知らしめようとしたものに過ぎないのであつて、何ら公共の福祉に反するところはないから、同条がこのような広告まで禁止する趣旨であるとすれば、同条は憲法11条ないし13条、19条、21条に違反し無効であると主張する。しかし本法があん摩、はり、きゆう等の業務又は施術所に関し前記のような制限を設け、いわゆる適応症の広告をも許さないゆえんのものは、もしこれを無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来することをおそれたためであつて、このような弊害を未然に防止するため一定事項以外の広告を禁止することは、国民の保健衛生上の見地から、公共の福祉を維持するためやむをえない措置として是認されなければならない。されば同条は憲法21条に違反せず、同条違反の論旨は理由がない。
 なお右のような広告の制限をしても、これがため思想及び良心の自由を害するものではないし、また右広告の制限が公共の福祉のために設けられたものであることは前示説明のとおりであるから、右規定は憲法11条ないし13条及び19条にも違反せず、この点に関する論旨も理由がない。

 最終的な判決はこうなっているのだが、しかし現在、本当に疑似科学的な民間療法を含めた玉石混交の医療情報が氾濫し、少なからぬ「医療系【トンデモ本】」が流布しているにもかかわらず、それらの出版は当然に【表現の自由】のもとに許されている。
 その一方で、鍼灸のようなある程度定評のある伝統医学の広告が、それも適応症の記載すら許されないというのはいかにもバランスを失していると考えざるを得ない。実際、本判決には参加した裁判官さえ、2名の補足意見と3名の少数意見という形で異論がついている。

 なお、「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」は、その後の改正で「柔道整復師法」が分かれて「あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゆう師等に関する法律」と2つの法律になったが、同趣旨の規定は現在も両方の法律に残っている。

参考リンク・資料:

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