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【タツノオトシゴ ひっそりくらすなぞの魚】

 原題”Sea Horse: The Shyest Fish in the Sea”。クリス・バターワース著、ジョン・ローレンス作画。邦訳は佐藤 見果夢。
 題名通りタツノオトシゴの生態を美麗で味わい深いイラストとともに描いた、児童向けの科学書である。

英語版表紙画像

 2021年5月、テネシー州の保守系団体「マムズ・フォー・リバティー(自由を求める母親たち」が、同州ウィリアムソン郡の小学校での使用禁止を訴えた。もっと自由求めろ。

 何がいけないのかというと、タツノオトシゴの繁殖形態は特殊であり、メスが産卵管をオスの「育児嚢」とよばれる器官に挿入して卵を産み、オスは多数の稚魚をこの育児嚢の中で育てる。この事実を本書は、子供向けに分かりやすく説明している。

タツノオトシゴの生殖を説明した本書のページ(日本語版)

 マムズ・フォー・リバティーはこの交尾が描かれているシーンや、オスが卵を育てるという説明を問題にした。彼女らの意見では本書は8年生(日本でいう中学2年生相当)程度向けであり、小学生にはふさわしくないとしている。

 アメリカではBLMの盛り上がりに伴って隆盛した「批判的人種理論」と呼ばれる一種の反白人主義が問題となっている。この事件が起こった5月までにテネシー州を含む少なくとも3州で、批判的人種理論を公立校で教えることを禁止・制約する法案が成立した。
 これに勢いづき、保守団体のマムズ・フォー・リバティーは11ページの手紙を州教育委員会に送付し「違法になりかねない本」などとして、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの著書など31冊の本の規制を求めた。

 しかし問題にされた本は批判的人種理論ばかりか、そもそも人種にまつわるものではない本も多かった。キング牧師の著書さえ批判的人種理論について触れておらず、というより批判的人種理論が発明されたのは彼の没後の70年代である。

19世紀初頭にリンゴの種を植え続けた開拓者のジョニー・アップルシードの本を「暗い」と批判し、ハリケーンについて書かれた本は「ハリケーンがもたらす破滅的な影響を知るのに、1年生は幼すぎる」と主張している.。

タツノオトシゴの交尾は「小学生には性的すぎる」。保守団体が本の撤去を求める

 このように彼らの書籍排除は極めてヒステリックなものであり、「『タツノオトシゴ ひっそりくらすなぞの魚』もこのうちの一冊であった。


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