【C95差別貼り紙捏造事件】
※【中国人・韓国人お断り】からも転送されています。
2018年12月29~31日に東京国際展示場(東京ビッグサイト)で開催されたコミックマーケット95(C95)において、とあるブースに「【韓国】人中国人お断り」と記された貼り紙があったという怪情報が流れた。
コミックマーケットは世界最大の同人誌即売会であり、数十万人の来場者がある。
特にこの第95回コミックマーケットの来場者は過去最多を数え、のべ57万人が参加した(上記「目撃」ツイートの投稿日である31日には21万人)。海外からわざわざ参加するファンも多く、それは中国や【韓国】も例外ではない。会場ではところどころで、参加者の中国語による会話が聞き取れるほどであった。
なおかつこの貼り紙があったというブース「I46b」というのは通路に面したいわゆる「お誕生日席」であり、特に人目につきやすい場所になっている。
にもかかわらずこの「目撃者」が上記の人物と、後から「援護」した別のツイッターユーザーの合計2名しか存在しないのである。
第2の「目撃証言」
細かく見て行けば分かるように、第1と第2証言の間にはかなりの違いがある。
第2証言が「目立つものではなかった」と強調しているのは、3日目だけで21万人もの来場者がいる場所で他に誰もそんな貼り紙に気付かなかったという点を糊塗したかったものと思われる。目立たなかったという点を強調するため、他のものに埋もれていたことにした際「貼り紙」が「立て掛けてあった」に変更になったのだろう。
しかしそのために却って「人を追い返す掲示なのに掲示の意味をなしていなかった」という不自然な証言内容になってしまっている。なおかつ、貼るよりもさっと置いて立ち去る方が楽なので、捏造の可能性も強くなってしまう。
コミックマーケットでは「アニメキャラのHな漫画」ばかり売っているわけではない。
それはごく一部に過ぎず、全年齢の漫画はもちろん、それこそ昔の文豪が作っていた「同人誌」のような小説本から、自作音楽CDやゲーム、手作りのアクセサリーなど様々なものが頒布されており、大まかな種類ごとに一か所に固められて区分けされている。
貼り紙があったとされる場所は俗に「評論島」と言われ、各々の興味に従ったデータや論評を掲載する「資料系同人誌」と呼ばれるものが売られているあたりだ。左右問わず政治思想関係のものもあり、当然それらのファンも来る。こんな内容の貼り紙があったら、強く記憶したり反応する思想の人は多い筈なのである。当の中国・韓国の人は実に悲しい気持ちで見たであろう、本当にあったのならば。
にもかかわらず、彼ら2名しか記憶していない。写真もない。よくやったという右翼の声も、その逆の人の抗議の声もない。
貼り紙(立て掛け紙)自体への目撃証言はこれだけである。
あえて証言者側に【最善の相】で解釈をするなら、中国人・韓国人を対象とした、注意書きという意味での「お断り」は実在した可能性がある。例えば人民元やウォンが使えないとか、日本語以外での対応はできかねる等の内容を「中国人・韓国人へのお断り」として掲示していたのならば、誤読した少数名以外の印象を掻き立てなかったとしても不思議ではないかもしれない。
また、コミックマーケットでは恒例として終了後にサークル参加者と準備会の「反省会」というイベントが行われるのだが、ここでコミックマーケット準備会(運営スタッフ)に対し、貼り紙についての質問をした人物がいたという。このとき準備会側は初耳であると答えている。
つまりネットだけでなく、現地で開催中に運営に抗議などをした人も誰一人いなかったということである。
客観的に見ると、コミケ自体が終わり、貼り紙があったはずのブースが片付けられてしまったのを待つかのように「実は差別事件があったんですよ~」と何の証拠もない発言だけが飛び出したということになる。
なお、「反省会では『それ、うちです』と手を挙げた者がいた」とツイートして「貼り紙あった派」側に加勢しようとした者もいたが、それも数名であり、実際に現場にいた多くの人からは「そんな人は見なかった」という声が噴出している。あった派側もそこまでが創作力の限界だったのか、挙手以降の展開について「挙手があった」勢は誰ひとり、何一つツイートしていない。
また、この反省会の様子をまとめた運営側の「アフターレポート」も全くこの「自白者」に言及していないのである。
情報を総合すると、この「貼り紙」が本当にあった可能性は極めて低く、捏造事件と断定して良いものと考えられる。
情報の信憑性があまりにも低かったため、「あった派」であった反差別界隈側からは早々に「あったかなかったかは問題ではない! 運営がそんな貼り紙はダメだ反省会で言わなかったのが悪い!」と白旗&開き直りのツイートが続出することとなった。
しかし、「有ったか無かったか問題ではない」というのなら、準備会が問われているのは「有ったか無かったかすらどうでも良いことの、さらに間接責任」ということになり、問題性はゼロに等しいことになってしまう。そもそも、差別行為の責任を問うのは第一にその差別をした本人であることが当然ではないか。
さらには、貼り紙の法的な位置付けを問題にするにあたっても、準備会だけを問題にしていては始まらない。
なぜなら「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」いわゆるヘイトスピーチ対策法においては、「不当な差別的言動」ヘイトスピーチが成立するかどうか自体が、本人の動機を基準に定めているからだ。
同法第2条によれば、
そう、「地域社会からの排除」が目的でなければならないのである。そしてそれが目的であったかを確認できるのは唯一、本人からしかない以上、その本人の実在を第一に確認しなければならないのだ。コミケの準備会などという、反省会まで貼り紙の存在すら知らせてもらえなかった第三者ではなく。
在日アジア系の差別捏造事件については他に、1994年頃のいわゆるチマチョゴリ切り裂き事件や、2018年にヨドバシカメラ京都店で、店舗側の転売防止策で商品を変えなかった「転売ヤー」の中国人が差別だと騒ぎ立てたという事案も起こっている。
参考リンク・資料:
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