写真をやめた理由
僕は結婚前は写真を撮るのが好きで、例えば風景、例えばモデルさんと企画を考えてポートレートを撮影することもあった。
だからそれなりにカメラマンの方もモデルをしている方とも繋がりはあり、その頃は楽しんで撮影して良い趣味のひとつで。
ある日モデルさんの一人からメッセージが来た。撮影の企画かなとメッセージを開いたらそれは想像していた内容とは全然違っていた。
「孤島さんはポートレート撮影の女の子と旅行に行ったりすることってありますか?奥さんとお子さんがいらっしゃってもそういうのって普通なのでしょうか。」
驚いた。
ポートレートを撮影した時に被写体になってくれたモデルさんに謝礼を渡すことと、軽い打ち上げ程度にカフェでお茶をしたりすることなら僕もあったけど。
妻子がありながら旅行?
それは撮影とかを言い訳にした不倫じゃないのだろうか。
僕は
「お茶するくらいならありますが、旅行はしませんよ。それ、断れたんですか?」
と、端的な返事を送った。ほどなくして返事が送られてくる。
「撮影の打ち上げの時に『旅行に行かないか』って言われて、はぐらかしてやり過ごしたんですけど、その時肩も触られて。撮影終わってたからポーズ指導じゃないですよね、なんだか気持ち悪くなってしまって」
彼女の身になって考えてみるとゾッとした。
確かにファインダーを覗いた時にモデルさんの『ここをもう少しこうしたほうが良くなる』ということはあるので少し触れてしまうことがあると言えばある。でもなるべくなら触らずに自分のポーズで示したりするべきだと思うし、彼女のように撮影後に肩を触られたならプライベートであって。
お互い交際相手がおらずいい仲になってから……と考えて僕はその考えを首を振って払った。
モデルとカメラマン、よくあることだ。だけど、不毛だと思う。
その後モデルの彼女は
「このカメラマンには気をつけろ、みたいなのもあるってモデルの友達にも話してみて初めて知って。なんか、怖くなっちゃいました」
とメッセージを送ってきて、その後何回かのやり取りはしたが結局『怖い』『気持ち悪い』という感覚と男性カメラマン全体への不信感が拭いきれずモデルを辞めてしまった。
それから僕も一度彼女を通して知ったカメラマン達の不誠実さが嫌になりポートレートを撮るのはやめた。なんとなくカメラ自体触ることも減った。
盆休み、特にすることがなくてソファにごろりと横になって呆けていたらその時のことを思い出した。ハルが
「どうしたの?考え事?」
と聞いてきた。心配してくれたんだろう。アオイは自分の部屋でなにやら工作をしているらしい。楽しそうな鼻歌とハサミを使う音が聞こえる。
「ごめん、なにもない……いや、あるかな。昔カメラを趣味にしてた時のこと思い出しちゃって」
「そっか」
ネガティブっぽくなってしまっているようだったので気分を変えたくて目を閉じて良かったことを思い出そうとする。
そこへハルの穏やかでのんびりした声が聞こえた。
「カメラって言えばさあ、昔だよ、高校生の時ね。制服で歩いてたら急におじさんが声掛けてきて、写真撮らせてくれないかって言われたことあるよ」
霧散しかけた背筋の気持ち悪さが戻ってくる。
「それで?どうなったの」
「え?びっくりしたし条件反射で逃げたよ。あれって雑誌に載ってるストリートスナップ?とかじゃないんだよね?」
「うん……違うなあ、多分。確信ないけどストリートスナップって私服を撮るものだと思うし」
「そっかあ、私が可愛かったからとかじゃないのかあ。残念」
手持ち無沙汰にティーカップを両手で包んでくるりと上を見上げている。
「ハルは可愛いよ。変な人が時々いるだけ」
僕がそう言うとハルはパッと表情を明るくして笑った。思わずつられて僕も笑う。
この世に妻より尊い存在があるだろうか。ハルを置いて他の女性に近付くことはハルを裏切っている。僕はハルを悲しませることはしたくない。
最近は「自衛」とかの言葉もよく見る。趣味でカメラを触るのなら楽しめるよう、誠実でいたいと思う。