智の海
薄暗い部屋の中でほこりをかぶっている。
この前,明るい光を見たのはいつだっただろう。
昔,まだ幼さの残る少女は溢れんばかりの期待を胸に私を手に取った。
彼女の物語は,いつもハッピーエンドだった。
「……そしていつまでも幸せに暮らしましたとさ。」
あれから幾年の年月が流れても,あの少女より多くの表情を見せた者はいない。
時には,物語が先へ進むことのないまま飽きられてしまったこともあった。
私は,薄暗いほこりまみれの棚の中でじっと待っていた。
幾年も,幾年も。
私の役割が終わりに近づいていることを,傷んで破れて黄ばんだからだが教えてくる。
最後にもう一度,あの少女に会いたい。
そんな時,年老いた淑女が階段を下りてくるのが見えた。
淑女は,一瞬驚いた顔をし優しい笑みを浮かべながら私を手に取った。
「君は,どんな物語を紡いだんだい?」
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