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『カード師』感想

世界に馴染めず逸脱していく人物の暗く深いところを、しかし優しく書き出している。

いつも中村文則さんの小説を読んで僕は思う。自分の奥底の澱に寄り添ってくれるようで、どこか安心する。そういう人物を中村さんは作り出すと言うより、存在している様をそのまま書き出しているように感じる。例えば主人公の頭上に感じる渦や、自分の部屋に拾ってしまう大量のカードを保管しているところなど、その行為がリアルな質感を生んでいる。


そしてそんな人をも肯定しているから、暗い物語なのに優しい気がする。何を支えにその人が生きているのか、それは多種多様で一見してはわからない。一般的とは言えないものでも、小説の中では存在している。中村さんの肯定する姿勢による優しさだと思う。現実にいてもきっと否定されない。


このカード師は、そういう人物がそれでも世界で生きる事を選び続ける物語だ、と僕はまとめたい。


もちろんそんなに簡単な物語ではなく、複雑で重層的である。ギリシャ神話やオカルト、科学と宗教。それらの歴史を下地に人と世界のあり方が描かれてる。それらが理屈となり説得力を与えている。

本書の中でいくつも語られる、願っても祈っても訪れる残酷な運命。それらは一体何を表しているのか。なぜ佐藤はそんな物語を集めたのか。

人の力ではどうにもできない強い流れが世の中にあって、それに呑み込まれると、何も出来ず見ている事しかできない存在になる。
しかし佐藤はそうではない物語を無意識に求めていたのではないだろうか。
それがたとえ人から眉をひそめられるやり方だとしても、ただ流されるのではない抗う意志を持つ人間の姿を。


ポーカーのシーンでは非常にスリリングで引き込まれる。そして主人公によって現実に抗う力を垣間見れる。
まさに佐藤が求めた力がここで現れたのではないかと思う。主人公が生き延びることができたのは、それを知った佐藤の気まぐれかもしれない。あるいは世界への復讐か。

現実を嘘で塗り替えるーーそんな可能性を見せてくれた。時に非情で味気ない世界に対しても諦めさせてくれない、そんな物語といえる。


最後に新型コロナウイルスが蔓延した世界で、主人公は少し気にし過ぎとも思えるほど、ディスタンスを意識していると僕は感じた。でもそうではなく元々の彼の性質かもしれない。

コロナ以前の社会は他人との距離が近すぎたとも考えられる。世界はどう転ぶかわからない。近過ぎると感じていた人からすれば生きやすい世界になったのだ。

カードをめくることには世界のあらゆる要素があるーー小説のページをめくるときも僕は思う。ひとつの世界を表現した小説を紐解くには次のページをめくるしかない。
そこには何が書かれているのか、それを知りたくてまだ生きていこうと思える。


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