過去書いたリニジ系文章

美しい人

私がその名を始めて耳にしたのは、丁度レベル15の試練を終えた頃。
両手にずっしりと重くのしかかるマジックブックを手でなぞりながら、まだ見ぬ大魔法の数々に心躍らせていたときだった。

不意にフラン員の一人がこんな事を口にした。「早くデス・ナイトになれるといいね」と。
デス・ナイト。聴きなれない言葉に遥か彼方を浮遊していた私の意識は集約する。
己の手の中に在りながら一向に見出せぬ大魔法の神秘より、デス・ナイトという、邪悪な癖にどこか魅惑的な韻律への好奇心がその時勝ってしまったのだ。

あるいはこの時から私は其れに恋をしてしまったのかもしれない。
眺めていたマジックブックを即座に閉じて、私は彼の傍へと駆け寄った。
期待と好奇心を一身に彼にぶつけると、苦笑しつつもデス・ナイトについて語り始めた。

笑いながら彼は言う。一度だけ会ったことがあるよ。


確かMLC(メインランド・ケイヴ)の5階だったと思う。思う様バグベアーどもを蹴散らしていい気になって歩いてたんだ。ふと前を見ると、俺の行く手にやけに綺麗な騎士が居る。あの鎧は何だろう、一体ドコで手に入れたんだろうって、殺されるのかも知れないのにそんなこと考えてたんだ。
逃げなかったのかって?逃げれなかったんだ。足なんて固まっちゃってもうどこも動かない。
そいつは金色に輝いていて、何にも言わないまま俺の前までやってきていきなり剣を振り上げたんだ。
それも金色に輝いていて見惚れてるうちに、体全体に痛みが走った。
斬られたんだと解るまで数秒かかったよ。直ぐに帰還して助けを呼んだけどね。
でも、未だに思うんだよ。あいつは神の戦士じゃないのかって。
きっと俺の方が悪人で、神様が俺を罰するためにあいつを使わしたんじゃないんだろうかってね―――――

美シイ人

何者かに名前を呼ばれて振り返った。
息を呑んで見つめる暗闇に人の気配はない。へばりつくような闇がそこに満ちているだけである。
飲み込んだ息を深く吐き出し、私は頭を振って前を向く。そしてブラックエルダーのフードを深く被り直した。
気のせいだ。あるいは風の音。
自分の耳に聞こえてきたはずの、細い悲鳴を私はそう結論付けて暗いメインランド・ケイヴをひたひたと歩き始める。
ブラックエルダーのローブはどうにも足に引っかかって歩きにくい。
それでも魔法や攻撃のスピードからすれば、己のレベルには最適の変身でである。視界の悪いフードから覗けるのは闇だ。だからこそ考え事も多くなる。
今更なぜあの話を思い出すのだろう。あの遠い昔の御伽噺を。

彼の歩いたMLCを今は私が一人で歩く。後ろに従者としてスケルトン・ファイターを連れているので何も恐ろしくはない。もし恐れるものがあるとするのならば、それはうだるような単調さなのだろう。狂ったように私たちに襲い掛かる彼等を打ち倒し、地に返し、再び彼等の出現を待つ。そのおぞましい単調な作業がやがて私の脳内を麻痺させること。
ただそれだけが唯一の恐怖だったのかもしれない。


また ごう、と闇が泣いた。

先ほどスパルトイを倒してから、敵の姿が見当たらない。苛立ちを其のままにローブの裾が荒く埃を立てる。
カスパの世歩く時間かもしれない。きっとそうだ。MLCに住まう魔物たちが冒険者の血を求めて、きっとカスパの元へ集結しているのだろう。そういえばやけに頭上から埃が落ちてくる。この狭いMLCで見つかりもしない探し物を求めている大魔術師達を思った。400年もの間仲違いをやめない大魔術師の皮を被った愚か者。
諦観と愚鈍さと貪欲、そして怨恨を体中に纏って、もうきっと仲違いの理由すら忘れているであろう彼等。彼等もまた気がついているのだ、もう決して見つかりはしないだろう、と
ふと、四賢者のうちのセマを思い起こす。あの底冷えする怨恨はきっと彼女のものだ。
遠い日の思い出に囚われて、破られた誓いのリングを握り締めている。あのリングを捨て去れなければ余計に彼女の怨恨は彼女自身を苦しめる事になるのに。
いつぞや、MLC7階の小さな部屋で、後悔と使命に囚われた小さな老人から、こんな話を聞いたことがある。

――MLCに住むモンスターは皆、渇いているのだよ。

皆が皆、何かに渇いているのだ。
   あるものはそのまま水に、あるものは生命に。
だから注いであげなさい。彼等が心行くまで。
   ある者には凍りついた大地を、氷結の刃を。
そして生命に飢えている者には、 
   溢れんばかりの慈愛を注いでやればいい。
―――それと一つ・・・
君に忠告をしておこう。
   ここで探し物をしてはいけない。
彼等と同じように、君も何かに渇いてしまうよ・・・。


どれ位歩いただろう。
未だに魔物の姿はない。

まるで闇が怯えているように見える。この暗いケイブを住処とする彼等が恐れるもの?
一体其れがなんなのかはわからない。ただ嫌な予感だけが膨れ上がっている。
何かから逃げるように角を曲がった。途端にスケルトンが顔を出す。

驚き身をすくめた。しかし内心安堵する。ああ、何も恐れることはないのだ。神の使わした死の騎士など私にはどうせ御伽噺。乾いたスケルトンの体を打ち鳴らしながら、私は胸を撫で下ろす。またあの、単調な平面な、身震いするほど退屈な作業の時間が戻ってくるのだ。
今はそれを幸せと思おう。今日の糧に感謝を。
そんな事を考えながら、哀れな骨を土に返し、私はまた一歩闇の奥へ足を踏み出した。

しかし、従者であるはずのスケルトン・ファイター達が動かない。歩んだ歩を元に戻して私は彼等の様子を伺う。
警戒している??一体何を?
彼等をなだめ、緊張を解き、再び振り返ったその時。

私の前方。丁度右の角から音も無く、現れたそれは金色に輝いていた。
ぼんやりと私はそれを見つめた。一体誰なのだろう。なんて綺麗なんだろう。
神の国の光を纏って、一歩、一歩、こちらへ進んでくる。
時間が止まったようにそれはそれはゆっくりと。
それが一歩歩むごとに、足元から枯れた花の花粉が舞い上がってゆくようで私は身じろぎ一つできなかった。
全ての音は遮断され、世界は私と彼と二人きりになる。
彼が私に近づいていくにつれ、光で煤けていた彼の表情が顕になった。
無機質な髑髏の目の中には、身震いする闇が詰まっている。
生命力に満ち溢れているようで、けれど彼自身その全てを否定しているようで、ストイシズムとエピキュリズムが同居しながら反発している。
彼は完全なようであって余りにも不完全であり、輝いた体を持っていながら、死んでいるのだ。私には知りえぬ世界の、単一の存在。
私はは恍惚とした。余りにも美しくそして雄雄しいその姿に恍惚とした。

光に向けて手を伸ばす。
きっとあの人は私をどこかへ連れ去ってくれるのだろう。あの細いでも逞しい腕で私の体を引き寄せて。私は力なく彼の胸に埋もれるだろう。光り輝く空虚な胸の中へ。
彼は細い指で私の髪を梳く。私は自分だけが享受できる幸福と快楽と罪悪に戦きながらも彼に微笑みかけるのだ。この小さき存在すらも目に留めてくれた彼の全てに感謝する。
彼の空虚な瞳がじっと私を見据えて、私は溜まらなくなるのだ。
天上の音楽を聴くように、私は目を閉じ喉を晒す。
そった私の体の中心を、彼の剣が傷みもなく通り抜けて、私は声も上げぬまま血を彼に浴びせる。
彼の、永遠にも等しい渇きの呪い。それが私の血で注がれるのならば、この命など惜しくはない。
彼と私は、永遠の中で一つになる。
死、という永遠の中で。

死という永遠の中で・・・・・・?


恍惚が戦慄になった。
見開かれた瞳に移るのは現実。死の運命という紛れもない現実!


「・・・・・・・!」
声すら上げれずに私は踵を返した。あの黄金の光の届かぬ闇を掻き分けるように走り出す。
駆ける膝が鳴り、口元が震えた。その口元を覆った手もまた情けないほど震えている。ああ!ああ!
正しくあれは、死そのものだ!

彼の前で全てのものが命を請うのだ。己を半生を振り返り、まだ生きたいと思うのだ。
けれど彼に、彼の瞳の中に慈悲などない。唯一の慈悲はあの美しさ
あの恍惚の中で死を迎えたならそれはなんと幸福なことだろう!

しかし自分は気がついた。己に迫っている死の運命に!
己の愚かさに図らずも両の目から涙が零れ落ちてくる。逃げなければ!逃げなければ!

T字に分かれた迷路の右側から、スパルトイが私を笑う。
それすら忌むように左へと進路を変える。一分でも一秒でもいい!彼から早く遠ざからなければ!
弾む息が震えている。初めて感じる死の恐怖に全身が戦慄いている。
暗い死の集団は更に数を増して私を追い詰めてきた。
運命のような死のロンドが真っ暗な闇から聞こえてくる。スパルトイ達が、乾いた体を打ち鳴らしながら笑っているのだろう。
その奥で、あの人は、私が心奪われたあの人は、何もない空虚な、あんまりにも完全な、死、そのものを纏いながら
私を見つめている。

私は彼に、見止められてしまった!

前方に幽かな、蝋燭の明りが見えた。
小部屋だ。私はとっさにその小部屋へと体を滑り込ませた。
スパルトイがシミターで壁を擦る、あの身震いする金属音。
笛の音の様に甲高く、それでいて嫌らしい不協和音が私の直ぐ傍まで迫っている。

私のかみ締めた唇はまだ、情けないほど震えていた。
奥歯がかみ合わず、涙はただ溢れてきた。
震える手を励まして、ブルー・ポーションを取り出す。
乾いた口内に流し込まれた青い魔法の液体は、全て注がれることなく、口の端からこぼれおちてゆく。
逃げればいいのだ。私は思う。
帰鑑すればいい。テレポートをして、町に戻り、クランの仲間に助けを求めればいい。
あるいは、MLC内にいる誰かに助けを求めればいい。
そうすればいいのだ。

私は振り返る。あの暗い闇の中、輝く彼の姿を思い返す。
見ていたい。一分一秒でも長く、彼が私を見つめてくれたように。
私もあの、何もない光を見ていたい!

思いもかけず私は強く唇を噛んだ。
ゆっくりと、口の端から命の水がこぼれ出した。

スパルトイが笑いながら私の顔を覗き見た。
獲物を見つけた、卑猥な猟師の顔だった。

カラカラと欠けた歯を鳴らしながら、あの錆びたシミターを振り上げながら
彼らが私を乾いた死体に変えようとした瞬間。

私は詠唱する。

「内なる炎を纏い、狂おしく踊れ!四方に嫁ぎし、炎の踊り子よ。大地を踏む契約は許されたり!ファイヤーストーム!」
炎の嵐にまかれ、乾いてゆくスパルトイ達。哀しげな断末魔をあげて炎の中へ消えてゆく、その奥に。
赤く、そして黄金に輝くあの人の姿。
オリムの言葉が蘇る。
――MLCに住むモンスターは皆、渇いているのだよ。

皆が皆、何かに渇いているのだ。あるものはそのまま水に、あるものは生命に。
だから注いであげなさい。彼等が心行くまで。ある者には凍りついた大地を、氷結の刃を。
そして生命に飢えている者には、溢れんばかりの慈愛を注いでやればいい。

マナスタッフを握り締め、私は詠唱する!

「女神は我が頭上に在り!我等飢えし幼子を、慈愛の水にて救う者なり!乾くものよ、汝に命ず。母の胸にて乳房をすすれ!」
「フル・ヒール!」
彼の頭上に、生命の甘いミルクが注がれた。その有り余る慈愛に清浄な光の渦に、彼は一瞬大きくのけぞって苦しそうな声をあげる。
けれど。
彼の伏した暗い目は、更に闇を持って私を見据えた。
私の心は震える。生まれてはじめての純粋な破壊を目の前にして、私は彼の意味を知った。
彼の闇は底知れない。
私の恋心など、微塵も、微塵も彼は意に介さない!

振り上げた刀は高く、天を刺しているように見えた。
それが一瞬の間に振り下ろされ、私のブラックエルダーのローブに深い爪あとを造る。
二刃。半分ほどに減らされたHPを回復すべく、私は詠唱した。
「あ・・ッ暁の野に立つ黎明の乙女達よ!傷つき倒れるものに手を差し伸べよ!グレーターヒール!」
乙女達の手が私の傷を癒しても、彼の真っ暗な剣は止まらない!
三刃。痛みが全身に広がってゆく。四刃、私の全てが叩き壊されてゆく。
圧倒的なその速さと破壊力に。私を満たしていた血液が次々と零れ落ちてゆく。
泣く事すら忘れて私は全身に回復薬を浴びた。
しかしそれも、大地から湧き上がる土の波によって全て打ち消されてしまう。
埒が明かないと判断して私は、己にフルヒールをかけようとした。
このままマナスタッフで彼の体を殴っていればまた必ずMPは溜まる。
少しずつだが彼のこの圧倒的な攻撃力を凌ぐにはもうそれしかない!

う、と口元から声が漏れた。
腹の辺りがやけに熱い。息がし難い。
自分の感覚がわからなくて、私は不思議そうに、己の腹に突き刺さっている剣を見た。
真っ白な剣。とても硬いようで、けれどとても脆そうな剣。
この剣は、どうして私を貫いているのだろう。
そうして私の命も、体も、心も奪っていってしまったこの人はどうしてこんなに。
どうしてこんなに無機質なのだろう。
「あ・・・・・」
私の体を貫いて、小部屋の壁に突き刺さった剣からは、真っ赤な私の血液が滴り落ちていた。
私の内臓を犯す彼の剣は、動かないままそこにある。
息が出来るようになったら、痛みが増した。
ふぅふぅと荒い息を吐きながら、私は彼を受け入れる。
私の体液が彼を濡らした。口から流れ出た涎が、彼の美しい鎧へと落ちてゆく。
それを拭い去ろうとしたのだろうか、私の手は彼の肩に伸びた。
冷たくて硬い、彼の体。私はそれを求めてやまない愛する人のように、縋り、抱き寄せた。
体の中の剣が私の肉を裂いて蠢く。
「あッ・・・・!」
火照った頬に涙を流しながら、私は彼を抱き寄せた。
ゆっくりと私は彼の剣を自分の肉に押し込めた。溜まった吐息を吐き出すように彼の肩にしな垂れた。
彼の肉のない瞳が私を見る。この胸に湧き上がる幸福感はなんなのだろう。
力のない腕が彼の鎧を抱きしめる。痛みが少し和らいできた。もう直ぐで私はこの人と一つになれる。
私は力なく詠唱した。

「め・・・女神は我が頭上に在り・・・・。」

彼のこけた頬に私は唇を摺り寄せ、彼の首を抱きしめる。

「我等ッ・・・飢え・・幼子を・・・、じあ・・の水にてッ・・・救う・・・」

私の涙はこの人のどれほどの渇きを癒せるのだろう。

「かッ乾く者よ・・・ッ汝に命ず・・・!母の胸にて」

私の肉を引き裂いて、私の全てを奪いつくして、彼の白く輝く剣は私の体を切り裂いた。
引き抜いた剣は右に振られ、私の内臓はそのままに空中へ躍り出た。
胴と足が引き裂かれて、私は血の海の中、倒れることしか出来なかった。
私の死を見取ることもなく、私の涙など意に介さずに、私の恋などなかったように。
あの人は私から離れて、他の誰かを愛しにゆくのだ。

薄れてゆく意識の奥で、スケルトンファイター達の切ない声がする。
やがて契約はうちきられ、彼らの体はグランカインの元へ戻る。
私に残ったのは、後姿。あの黄金に輝く、無機質な後姿。
目を閉じながら、私は呟く。ああ、なんて

「美しい・・・・人・・・・」

後日、MLCから助け出された私は、クラン員にしこたま説教される事になった。
なぜ助けを呼ばない、帰環することだって出来たはずだ。
WIZが死ぬということは他のクラン員にも迷惑がかかるということだ。
耳元で鳴る、優しいクラン員の言葉をぼんやりと聴きながら、私の心はMLCに馳せる。

私は今MLCにいる。
オリムの言葉は本当だった。

君に忠告をしておこう。
   ここで探し物をしてはいけない。
彼等と同じように、君も何かに渇いてしまうよ。

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