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ミスドでよく顰蹙を買う話

「顰蹙」はミスタードーナツが12月24日に新発売した本格中華ドーナツで、雲南省伶明県にルーツを持つ素手惣という砂糖菓子をアレンジしたものです。
フレーバーは「マーラーカオ」「小籠包」「大蒜餃子」の3種類。230円(税別)。

嘘です。

ひんしゅく【顰蹙】《名・ス自》まゆをひそめること。不快の念を表して、顔をしかめること。 「―を買う」(自分の行為が原因で、世間の人から軽蔑(けいべつ)され嫌がられる)
          精選版 日本国語大辞典 より

 端的に言えば、ミスタードーナツでよく、

「はあ!?おまえ横入りすんなや!!!」

 という目で見られるんだよねっていう話です。
 決して露悪的な内容ではないので、カフェで隣に座ったカップルの会話を漏れ聞くような気軽さでお読み進めください。

1.ドーナツの買い方

 僕がよく行くミスドはわりと狭いお店で、入り口からすぐ左のところにドーナツケースが並んでおり、店の奥に向かいながら好みのドーナツを選ぶような形になっています。ドーナツケースの前は2メートルくらいのスペースしかありません。
 まあ、言葉では伝わりづらいので図にしてしまいましょう。こんな感じです。

ミスドレイアウト

 急造ですが、なんとなくお店のレイアウトは分かっていただけたでしょうか。
 
 ミスタードーナツの販売形態は、スーパーマーケットやコンビニ、パン屋と同じように、「買いたい物を選んで」「レジに並ぶ」というものです。
 つまり、コンビニで「おにぎりを選ぶ列」なんてものが存在しないように、ミスドでも「ドーナツを選ぶ列」は存在しないはずです。
 欲しいものだけサッとピックアップして、レジに並べばいいのですから。いちいち列を作って、前の人が「どのドーナツにしようかなあ」なんて悩んでいるのを待っている道理はないのです。

2.悪魔の動線

 しかし、実際はそうも上手くいかないからこそ、僕はミスドでたびたび顰蹙を買うのです。
 先ほどの図をまた持ち出しましょう。せっかく作りましたからね。

ミスドレイアウト

 このレイアウトで重要なのは、入り口からすぐのところにドーナツケースがあると言う点です。
 それも、「入口」→「アルコール消毒液」→「トレー」→「ドーナツケース」という配置であるために、どうしても発生してしまうのです。

 存在しないはずの「ドーナツ列」が。

ミスドレイアウト2

 これは無理からぬことで、入店してアルコール消毒、トレーを取ってドーナツを選ぶという流れがあまりにも自然だからです。
 本来はトレーを取った時点でフリーにドーナツを選んでいいはずですが、ドーナツケース前のスペースの無さがそれを躊躇わせます。
 これらの要素が絡み合った結果、よほど空いている時でもない限り、「ドーナツ列」は自然発生します。

 とはいえ、これだけならドーナツ選びの効率が悪い(=回転率が悪い)という点以外はデメリットになりません。
 問題は、このドーナツケースの終端(ドーナツ列の終わり)にレジがあるということです。
 
 さて、想像してみてください。

 あなたは久々にミスタードーナツに訪れて、ドーナツをいくつか自宅に持ち帰ろうとしています。
 自動ドアをくぐると、騒がしい店内。サッと手指のアルコール消毒を済ませ、トングとトレーを手に取ったあなたの前には、ドーナツを選んでいるお客さんが7~8人、列をなしています。
 のろのろとしか進まない行列で、あなたはどのドーナツを買おうか一通り悩むでしょう。
「何があるのかしら」
「エンゼルクリームってちょっと甘そうだわ」
「やっぱりポンデリングかしら」
 などとトングをカチカチ言わせながらドーナツを選び、ついにドーナツケースの終端にたどり着いたあなた。

 次はもちろん会計です。目の前には4つ並んだレジがあり、ちょうどいま、そのうちの一つが空きました。
 あなたはトレーに乗ったドーナツを落とさないように、細心の注意を払いながらレジへと歩みを進めます。
 うちの家族はドーナツを喜んでくれるかしら——そんなことを考えながら。

 しかしその時、あなたの横から若いサラリーマン風の男が現れ、空いているレジの前にするりとその身を滑らせたのです

 これには、いつも温和なあなたもつい、悪感情を抱いてしまいます。
 マナー違反、横入り、こんなに並んだのに、ありえない——言葉にならない憤りは、厳しい目線となって、その無礼なサラリーマンの背中を突き刺しました。

3.顰蹙、爆買い

 この悲しい事件は、僕が日頃から体験している事です。
 もっとも、「若いサラリーマン」としてですが。

 このような悲劇が起きるのは、レジに向かう列が二つ並行して存在しているからです。
 それは先ほどからお話ししている「ドーナツ列」と、正規の「会計列」です。

ミスドレイアウト3

 「ドーナツ列」はあくまで自然発生的に生まれてしまうイレギュラーな列です。 
 その一方で、「会計のための列」というものが、お店側からオフィシャルに設定されているのです。
 それは店内の張り紙や床の案内を見れば簡単にわかることですが、すべての人が目を配れるわけではなく、かなりの確率で「ドーナツ列」と「会計列」の混同が起こってしまいます。

 先ほどのたとえ話は、「あなた」がドーナツ列に並んでおり、「若いサラリーマン」は会計列に並んでいたからこそ起こった悲劇と言えます。
 「あなた」は、本当はドーナツを選び終えたらドーナツ列を離脱し、会計列に並び直さなければいけなかったのです。

 オートマチックに進んでいたはずなのに、いつの間にか「列を離れる」という選択を強いられていたことに、戸惑うのも無理ないでしょう。
 しかし、ミスタードーナツにはコーヒーだけを飲みに来る人や、坦々麺やチャーハンなどの飲茶を食べに来る人もいます。これらはレジで直に注文するものであるため、ドーナツ列と会計列を同じにすることもできません。

ミスドレイアウト7

 さて、だいたいの仕組みはご理解いただけましたでしょうか。
 「ドーナツ列」の人が「会計列」にちゃんと並び直さないがための、ちょっとした揉め事。
 言ってしまえばそれだけのことです。

 ただ、実際の問題はもう少し複雑です。

 今しがた、「コーヒーだけを飲みに来る人もいる」と言いましたが、そういう人はやはりごく少数です。コーヒーが目的なら、他にもカフェがいくらでもありますからね。
 やはり、ミスター「ドーナツ」ですから。皆さんお目当てはドーナツです。

 そうすると、こんなシチュエーションによく遭遇することになります。

ミスドレイアウト6

 「ドーナツ列=会計列」が成立してしまっているパターンです。
 ドーナツ列に大勢並んでいても、会計列には誰も並んでいないという状況。この場合、ドーナツ列の先頭の人は問題なくレジに行くことができます。

 ただし、これはあくまでも「まやかしの会計列」です。
 乱暴な表現をすれば、床に貼られた「お会計はこちらにお並びください」の表示などを無視し、ただドーナツケースの前で一直線になっているだけの人たちに過ぎません。
 そんな中、正しい会計列に並ぶとどうなるか。

 僕はこのミスドにかれこれ5年くらい、ランチを食べるために通っています。
 ドーナツ一個+ドリンク、そして坦々麺などの飲茶が付いたランチセットがお気に入りなのですが、それを頼もうとすると、まずはドーナツを一つ選ばないといけません。

 しかし、ドーナツケースの前には大勢の人。

 このようなシチュエーションの時は、ドーナツ列に並んですぐ、一番手前のケースに置いてあるフレンチクルーラーを一つトレーに載せ、さっさと会計列に移動します。
 これをフレンチクルーラー・ムーヴと言います(言わない)。

ミスドレイアウト5

 箱根駅伝の留学生ランナーもびっくりの、驚異のゴボウ抜きです。
 これをやると、ドーナツケースの前にいる人たちに不思議な目で見られます。

 「なんであんな所に立ったんだ?」と。

 その裏には、「こっちが正しい列なのに」という考えがあるのでしょう。

 ではなぜ、そう思うのか。
 それは単に、そこかしこに貼られている「お会計は壁に沿って並んでください」の張り紙が見えていないからではなく、「こっちの方が数が多いから正しいだろう」という、おぼろげな理由によるものです。
 「こんなに並んでるんだし」と。

 ですが実際は、誰かが正規の会計列に並ぶ(会計列を形成する)ことにより、「ドーナツを選ぶ列」から変異していた「まやかしの会計列」は消滅することになります。

 そして、店員さんが「こちらにどうぞ」と呼びかけるのは、長々と続くドーナツ列の先頭ではなく、正規の会計列に並んでいる、ただ一人の客に向けてなのです。

 これを無視してドーナツ列からレジに向かうと、店員さんに「お会計の列にお並びください」と注意されてしまいます。

ミスドレイアウト8

 まあ、ドーナツ列に並んでれば会計してもらえてたのに、いきなり「実は会計はあっちの列でした」と言われても、急に納得はできないですよね。
 お店の仕組みを理解するより前に、直感的な怒りが身体を駆け巡ります。

「なんでよ!」
「みんな並んでるじゃん!」
「横入りしやがって!!」
「ズルだズルだ!!!」

ミスドレイアウト9

  これが、僕の買う「顰蹙」の全容です。

 ただ、正直なところ、先頭の人から受ける非難の目線は大したものではありません。
 怒りや憤りよりも、戸惑いの方が大きいのです。
「あれ、このまま会計じゃないの!?」と言った感じで。

 しかし二番手以降の方は、やり場のない感情によって露骨に厳しい目つきになります。
 特に、事態を察知したお客さんが会計列にスライドしたことにより、見かけ上の「順番」を飛ばされたお客さんには、呪詛の言葉を掛けられることさえあります。

 僕はその、いわれなき非難の目線を背中に浴びながら会計を済ませることになるのです。

ミスドレイアウト11

 その場合は……

ミスドレイアウト12

 別に悪いことをしたつもりはありませんが、そそくさと退散です。

4.その行列、大丈夫ですか?

 行列は便利です。
 一度並んでしまえば、あとは時間と共に我々を目的地へと導いてくれますから。

 でもそれは、その列が「正しい列」である場合に限ります。
 「長いものには巻かれておけ」の精神で間違った列、まやかしの列に並んでしまうと、時間を浪費するだけです。

 僕は以前、深夜の駅で、もうそっちの方面の電車は無いとアナウンスが入っているにも関わらず、前の人に倣ってホームに並び続けている人たちを見たことがあります。
 あれはなんとも、傍目にも心地が良くないものです。

 皆さんも「なんとなく」に囚われず、自分だけの「フレンチクルーラー・ムーヴ」を見つけてみてください。

 それでは。

(おしまい)

自己投資します……!なんて書くと嘘っぽいので、正直に言うと好きなだけアポロチョコを買います!!食べさせてください!!