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パン屋における値決め

パン屋を始めて、気がつけば数年が経ちました。
振り返れば、私はただ「美味しいパンを届けたい」「お客様に笑顔になってほしい」という純粋な気持ちで、ひとぱん工房をスタートしました。
幼い頃から大阪で育った私には、どうしても「安いは正義」という感覚が染み付いていて、開業当初はパンを税込み100円ほどで販売していたのです。

「え、こんなに美味しいのに100円でいいの?」
お客様から驚きと喜びの声を聞くたびに、私は「これでいいんだ!」と胸を張りました。
安くて美味しいパンを、もっともっとたくさんの人に食べてもらえたら――それが私の幸せだと信じていたんです。

けれど、現実はそう甘くありませんでした。
月日が経つにつれ、パン作りを支える「現実」が次々と顔を出し始めます。

まず、原材料費の高騰。
小麦粉、バター、乳……パンの材料はすべて命のようなものですが、海外の戦争や社会情勢の影響で、じわじわと値上がりしていくのです。
さらには消費税の負担。そして、ある日突然、生地をこねるミキサーが動かなくなった日には、頭が真っ白になりました。

「どうしよう……」
ミキサーがなければ、生地はこねられない。
でも、新しい機材を買うお金を考えると、手が震えました。

そのとき、私は初めて「値決め」の重さを痛感しました。
京セラの創業者・稲盛和夫さんの言葉――

「値決めは経営である」

値段は、ただの数字ではありません。
私の想い、お客様への誠意、そして「ひとぱん工房」という小さなお店を未来へ繋ぐための、大切な判断なのだと気づいたのです。

「安くて美味しいパン」は素晴らしい。でも、そのためにお店が続かなくなってしまったら、誰も幸せになれない。
私は何日も悩みました。
夜中に電卓を叩き、ノートに数字を書き出しては、ため息をつく――そんな日が続きました。

そしてある日、決めました。
「私のパンは、想いと価値を込めて、適正な価格で販売しよう」

そう思うと、不思議と心がすっと軽くなり、前を向ける気がしました。

値上げをすると決めた日、お客様がどう思うだろうか、正直とても怖かった。
「国産小麦のパンを、これからも心を込めて焼いていきます。そのために、少しだけお値段を見直させてください。」

そう伝えたとき、お客様はどう感じるだろう――不安でいっぱいでした。
でも、値上げをしてから現在まで、お客様の数は減るどころか増えています。

「ここのパン以外食べられなくなりました」「これからも頑張ってね!」
そんな言葉をいただくたびに、涙が出そうになります。

パンを手にしたお客様の笑顔を見るたび、やっぱりこの仕事が大好きだと心から思います。
そして今なら、胸を張って言えます。

「値決めは経営であり、お客様との信頼の証でもある」

ひとぱん工房は小さなパン屋です。
でもこれからも、誠実に、心を込めて、私のパンを焼き続けます。
どうか、これからもひとぱん工房のパンを、そして私の想いを味わっていただけたら嬉しいです。

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