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【短編】Mr Kinderheim(ミスターキンダーハイム)

小さな街だ。特にこれといった取り柄もない。

街人たちは皆同じような毎日を過ごす。ジェレミーの店で日用品を買い、小さなギリシャ料理屋で早めの昼食を取る。コーヒーを飲んで、街に一つだけある郵便局で自分宛の郵便物を確認する。月に一度アルコールショップに行き、ワインを買い足す。

3年続けば退屈な毎日。しかし、街の雰囲気はどことなく明るい。理由は明らかだ。この街には子供が多いのである。

街の東側の大きな敷地内に大きな孤児院がある。ある老人が1人で子供達の世話をしているのだ。その敷地も建物も全てその老人の所有物である。

かつてその家に住んでいたのはこの街の有力者で金のある男だった。ちょうど私もその頃この街に来たのでその男との面識はない。話によるとおとなしい人だったとのことだ。しかし、不思議なことに、気が付いたら謎の年老いた紳士に変わっていた。

街外れにあるためか、しばらく誰も気がつかなかった。しかし、とある日に庭の手入れをしている庭師が訪ねると、そこから謎の紳士が出てきた。彼は有力者の古い友人であり、この家を譲り受けたと言った。そして、もともと住んでいた男はシチリア島に家を買いそこに移り住んだのだと説明した。

そして彼は胸ポケットから手紙取り出し、その庭師に見せた。その手紙は有力者から庭師へのものであった。そこにはその老人が家を譲り向ける旨と庭の手入れは今まで通り行って欲しいとのことが書いてあった。

庭師は当初怪しんだものの、報酬が今まで通り彼からシチリア経由で送られていたのでその老人の言っていたことは事実なのだと思った。

街の皆も同じである。最初は彼のことを疑問に思い敬遠していたが、彼はとても紳士的で金払いもよかった。さらに彼はいつも子供達を連れていた。その子供たちはいつも楽しそうに歌を歌ったり、走り回っていた。

彼はいつも子供用の洋服やおもちゃ、お菓子を大量に買い込むため、どの店にとってもお得意様になった。そのうち彼のことを他所者扱いするものは無くなった。そして、街の人たちは彼を親しみを込めて『Mr キンダーハイム』と呼んだ。

彼は毎回、違う子供を孤児院から町に連れてきた。大体5人ほどである。おそらく彼は何十人いや、百人を超える人数の子供達と暮らしているのだ。
子供たちはいつも彼を先頭に列になってやってきた。どの子供達も楽しそうで、幸せそうであった。

彼の敷地に近づくと子供達の声がよく聞こえてきた。中を覗くと、子供たちは庭で楽しそうに走り回っていた。絵を描いている子もいる。子供たちの中には見たことのある子もいたが、見覚えのない子もたくさんいた。

ある夜、22時を少し過ぎた頃に、私が孤児院の敷地の近くを通ると建物の中から子供たちの合唱が聞こえてきた。誰か(おそらく彼であろう)が楽器を演奏し、その音に合わせて子供達が歌っているのだ。聞いてみると子供の頃よく聞いた童謡だ。しかし、なんとも陽気な調子であった。気がつくと私もその歌を口ずさんでいた。体も自然と揺れてくる。酒も飲んでないのに体が浮かぶような高揚感である。私は陽気な気分で帰路についた。

そして次の日も彼は子供を連れて街にやってくる。連れてきたのは見たことのない子たちだった。彼は子供たちにキャンディーと数冊の本を買い与え、行きと同じように列をなして歌いながら戻っていった。

その10日後のこと、ジェレミーの5歳になる息子のサミーが消えた。昨晩過ぎ去ったタイフーンの影響で空は雲ひとつない青空だった。その日は、タイフーンのせいで家籠りを余儀なくされた街の人たちが日用品を補充しにきたせいで混雑しており、ジェレミーは客の対応に追われていた。閉店時間の17時になりようやく店内が落ち着くとサミーがいないことに気がついた。いつもならば店の外で1人で遊んでいるはずなのだが、その日は姿が見えなかった。

街の人は総出で探したが、日が暮れてもサミーはおろか手がかりさえも見つからなかった。この街は小さいので警察署がない。しかも、タイフーンの影響で道路が水没し、その復旧にしばらくかかるようだった。つまり、警察隊の到着は数日後になる。

昼夜を問わず街の人たちの捜索は続いたが、2日目の夕方に休息を取るため各々が家に帰って行った。私も同じく帰路に着いた。そして、キンダーハイムの近くを通った時、子供達がその大きな敷地内で列になって歩いているのが見えた。こんな状況でも子供たちはみな楽しそうである。陽気に踊りながら歩いている。

Mr キンダーハイムはその列の先頭にいた。彼もまた楽しそうに楽器を奏でている。おそらくこんな状況でも子供たちに不安を与えないようにしているのだろう、そう思った矢先、私は奇妙なものを見た。サミーである。サミーは列の最後尾にいた。見間違えるはずがない。サミーは誕生日にもらった名前入りのセーターをいつも着ているからだ。

私は必死で呼んだ。
「サミー、帰っておいで!みんな君を探しているんだ」

しかし私の声は子供たちの歌声でかき消され届かなかった。そして、そのまま彼らはサミーと共に建物の中に戻って行った。

私は急いでジェレミーのもとに行き、その話をした。街の人たちは急いでキンダーハイムの元に向かった。しかし、建物は驚くほど静かであった。さっきまであんなに鳴り響いていた音楽も歌声もパッタリとやみ、建物だけが静かに佇んでいた。

サミーは戻ってこなかった。皆は悲しみに明け暮れたが、しばらく経ちその悲劇もだんだんと影を薄めていく。街は少し退屈な日常に戻った。

しかし、私だけは最後の晩に見た奇妙な情景のことを忘れられなかった。サミーは確かにキンダーハイムの中にいた。これは確かなのだ。皆は私の話を寝不足で見た幻覚だと取り合ってくれなかったが、隣に住んでるポーツマン夫妻だけは真剣に何度も話を聞いてくれた。

ポーツマン夫妻は私がこの街に来た時からずっと気にかけてくれていた。

「奇妙なこともあるもんだ、あれからサミーはおろかMr キンダーハイムの姿も見ることは無くなった。私はおまえさんもいなくなっちまうんじゃないかと思って心配したよ。」

「俺がいなくなっちゃうってどういうことだい?」

「おまえさんが街に来たのはMrキンダーハイムがきたのとほぼ同じ時期だったからね。最初は連れなのかと思ったよ。」

そう言われた時私は奇妙なことに気がついた。この街に来る前に自分がどこにいたのか、何をしていたのか全く覚えていないのだ。正確には幼少期のぼんやりとした記憶以外がない。たくさんの子供。歌。踊り。笛。そして鼠。実は自分の正確な年齢も名前もわからないのだ。

私の見た目は青年である。おそらく18くらいであろう。では、この街に来たときは15であったことになる。15歳が1人で街にきて1人で暮らすことなんてあるのか?私の親はどこにいるのだろう、私は一体何者なんだ。

次々と疑問が出てきたが、考えていくうちにある一つの結論に辿り着いた。

笛吹のMr キンダーハイム、1人減っては1人増える。

子供は青年になり役目を終える。
新しい子供が必要だ。
1人減っては1人増える。

当たり前のことなのだ。1人減ったら1人増える。130人というルールが変わることはない。

可哀想なジェレミーはもう2度とサミーに会えないだろう。サミーはどこかで青年になり、その街でまた子供が消える。

これは700年続く呪いなのだ。
これからもずっと。

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