【短編】ネクラウンの部屋
俺が追い詰めたとき、煌々と光る月がやつを照らした。
そいつの格好は非常にアイコニックだった。レインボーのピエロのような服装に禍々しい凶器。
いわゆるペニーワイズのような、はたまたジェイソンのような。
わざとらしく狂気的な笑顔は我々に恐怖というよりもいわゆるミッキーマウスのような、はたまたスポンジボブのようなキャラクター性を感じさせた。
やつはそのまま闇に身をくらませた。「bark to the moon bloody losers (月に向かってほえてろ、くそ負け犬共)」という絶妙にダサく、キャッチーなセリフと共に。
◇◇◇
二ヶ月の間で13名を殺害したこの男は、この後路地裏で落下死しているのが発見された。
調査の結果、彼が死亡していた地点の隣にあるビルの屋上の手すりが腐敗し破損していた。我々警察にあのキャッチーなセリフを吐いた後、彼はここで手すりに触れ、バランスを崩し落下して死亡したと考えられた。
その後、彼の身元が判明し元軍人の男だということが分かった。そして、俺は彼が住まいとしていた部屋の調査を行った。
あれほど狂気的な格好で犯行を行っていた犯人の部屋はきっと普通ではない、なにか狂気的なものだろうと調査を行う前には考えていたが、実際に来てみると拍子抜けするほど普通の部屋だった。
寝室とリビングがあり、そしてキッチンとバスルームがある。何の変哲もない。
リビングルームには数々の凶器が整頓されておかれていた。その凶器がおかれている棚は武器の種類ごとにラベリングされている。その凶器たちは大変よく手入れされていた。
キッチンにはカレンダーが貼ってある。めくってみると知り合いや自分の誕生日がきちんと記録されてあった。キッチンもかなり整頓されている。冷蔵庫には作り置きのミートローフがラップに包まれ保存してあった。
ここまでの調査で俺は思った。かなりマメな人だ。
猟奇的な犯行を行う人(特に彼のようなキャラクターを作り上げる人)は精神に異常をきたしており、私生活もまともではないことも多いが、彼は多分まじめだ。
机の上にはものが散らばっていたが、その中から彼の日記らしきものを発見した。
2月1日
今日は誕生日だ。35歳になったあかつきに日記を始めてみようと思う。最近好きだった女優の名前が出てこなくなった。だから、日常の風景をいつでも思い出せるように毎日の記録をつけていく。
誕生日おめでとう。
2月2日
今日は雨が降っていた。雨の音は落ち着く。昼頃、映画を見ていたが窓の外にネコが見えたので、家に入れてあげようとしたが窓を開けたら逃げてしまった。残念だ。
2月4日
一日空いてしまった。今日は予定が何もなかったので久々に近所を散歩してみた。新しい酒屋が1か月前につぶれたダイナーの跡地に出来ていた。オープンセールをしているみたいなので今度散歩がてらまた行ってみようかな。
3月22日
だいぶ書くのを忘れていた。特に何もないが日記の存在を思い出したのでまた書く。来月分の家賃を払って一安心だ。新しい仕事も決まったので順調だと言える。
毎日、日記を書くと言っているのに全然書いてないじゃないか。気持ちはわかるが。彼はかなり普通の人だったようだ。
この部屋には彼の人柄を表すものが多すぎた。犯行はあんなに猟奇的で残忍だというのに。
そして日記帳には所々、何かを殴り書きしたようなページがあった。日記はノートの左側から書いているが、こういったメモ書きはノートの右側から書いてあった。恐らく他に紙がなかったのでそのようにしたのだろう。
そのメモの内容も些細なものだった。近所のカフェの店員が好みだが、躊躇してしまって話しかけられない自分に対しての励ましや、バイクを買うために必要な経費の計算など。
彼の部屋からは他にも、作りかけの模型、描きかけの風景画、きれいに整頓されたベットとその上に無造作に積まれた洗濯モノなどが発見された。
彼は普通に暮らしていたのだ。バイクやガールフレンドが欲しいなど、独身の一般男性が持つ願望を持ちながら。
そう考えるとあの夜に見た彼の姿からは普通が漏れ出ていたのかもしれない。奇抜すぎて普通というか。普通が考える奇抜という感じだった。あの姿とセリフは一生懸命考えたものだろうと想像できた。
彼はきっとまじめに普通に生きてきたのだ。だが、まじめな人は少しだけ損をする。彼はまじめに狂気について考えたんだろう。これ以上損をしないために。普通に生きることは実はむずかしいのに、それを評価してくれる人はいない。きっとうんざりしてしまったんだ。
彼の過去については現在も調査中である。まだ彼がどのような過去を送ってきたのかはわからない。
しかし、その夜、俺は彼に献杯せずにはいられなかった。
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