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悩みは人生を甘くも酸っぱくもする9-7みたい

「noteのネタが何も浮かばない」
「女の子に全然モテない」
「やりたいことがあるのにYouTubeを見てしまう」


「なんで僕ってこんなに”ダメ”なんだろう」



今日はそんな「ダメ人間」たちに悩みの原因と解決する思考法を教えない。


じゃあ書くなよ!


そう言われても書きたいと思ってしまったのだから書かなきゃいけない。


何も教えることは無いし、ためになることも書かないので、あなたが読まないようにしてくれ。


結論、「悩む」という行為は娯楽である。


悩んでいる時間が気持ちいいのだ。


「解決したい」という気持ちがあるなら解決に向けて行動を起こすものである。


でも行動を起こして変化するほどやりたくない。だけど変化したあとの気持ちよさは欲しい。


だから悩む。


「noteが書けない」と悩んでいる内はnoteを書かなくていいし、「モテない」と思っている内はモテなくていい。


「悩む」というやることがあるから他のことはしなくていいと言い訳ができる。


現実の変化は起きない。だけど変化したあとの気持ちいい妄想はできる。


「悩んでいる」という現状は自分が望んでいるものの最適解なのだ。


という視点を提供したところで「どうすればここから抜けだし最高の未来を手に入れられるか」みたいな解決法を提供すれば「お猿さんすごい!」とフォロワーが爆伸びする。


ただ、そんなありきたりなことは他の人がやっているので僕がやる必要はないよね。


悩みを解決したいなら、今流行りの「ChatGPT」にでも質問すればいい。


僕がいいたいのは「大いに悩め」である。


先に進まなくてもいいじゃないか。


その場で足踏みをして、ひたすら悩んで、変な答えを導き出せばいい。


「noteが書けない」と悩んでくれればその間に僕はnoteを書いて差を付けられる。


「モテない」と悩んでくれれば僕がモテる可能性が上がる。


あなたがそこにとどまってくれるおかげで、僕の進める道が開くのだ。


これを聞いて「お猿に抜かれてたまるか!」とやる気になる人もいる。


そいつらはどうぞ先に行け。


追い越して潰してやる。


これを聞いても悩みが解消されない人。


僕は最初に言った。


「悩む」という行為は娯楽である。


娯楽は楽しむものである。


悩みを楽しめ。


前回のnoteで「肌が終わってる」という話をした。



乾燥+花粉で肌が終わってるのが僕の悩みである。


「なんで痒いの?」と悩んでも痒いものは痒いのだ。


痒みを解消するためにかきむしると痛くなる。


時間が経つとまた痒くなって掻く。


ただ僕は知っている。


この痒みは永遠では無い。


お風呂や布団で体を温め過ぎると痒くなる。


なら、温度を調整すれば解決するのである。


悩んで掻いて痛がってと、辛い思いをした結果辿り着いた一つの答え。


この感じはスーパーマリオの難しいステージをゴールした達成感に似ている。


氷の床をパックンが火を吹いて溶かしていくあのステージ。


やってる時のイライラが半端じゃない。


そのイライラが「諦める」という苦い結果を生み出すこともあるけれど、万に一つクリアできればそれまでの苦労が快感に繋がる。


まさに「悩みオナニー」である。


あまり推奨されることのないことだけど、やってみるのもまた一興。


ね?


なんの解決にもならないどころか、退化への道案内をするnoteになった。


だから読むなと言ったのだ。


これを読んで何かを得たのなら、あなたの頭は上等なんだろうね。


ということで終わり!


スーパーマリオのトラウマステージ。


読んでくれてありがとう。スキやコメントよろしくね。


じゃあ、また。


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