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あわてんぼうのトム・クルーズ

学芸大学に住み始めてから、約15年。
住み始めてから同じエリア内で引っ越しをするくらいにはこの町が好きだ。今の部屋に引っ越してからは約5年ほど経つだろうか。

わたしの部屋は201号室の角部屋、12畳弱のワンルーム。
縦長のウナギの寝床のような間取りで窓が4面ついている。
西向きのため、全ての窓から太陽が燦燦と降り注ぐ。
年中、日中は電気がいらないほど大変明るく、暖かい。
光がくるくる反射するので四季の移ろいも感じやすい。
わたしはこの部屋が大好きだ。

過去、結婚したくなかった理由もこの部屋を手放したくないということが理由の上位にくるほどだ。

がやがやとやかましい駅前の商店街から少し離れただけなのに地主が多い高級住宅地の中にポツンと建つわたしと同い年の我がマンションは
閑静かつ、防犯面もバッチリな大きな一軒家が並ぶ中、近隣の民度の高さのおかげで大変静かに上品に暮らせている。
ありがとう、お金持ちの人々。

そんな理由もあって結婚した当初、半年以上は別々で暮らしていた。

元々夫とは同居するつもりもなかったので別居婚スタイルでも良かったのだが、ひょんなことから「一緒に住むか」という流れになった。

もちろん動く気のないわたしは一緒に住むなら学芸大学まで来てね、のスタンスなので目黒区エリアで探し始めたところ
大家さんから『隣の部屋が空きますよ』と連絡が入った。
即答で隣室を契約し、夫に202号室へ引っ越してきてもらった。

うちはDIY OKで、原状復帰無し、ペット可なので自由度が高いので馬鹿のフリして「壁を壊して繋げてもいいですか?」と聞いたらさすがに怒られたけど、『ベランダなら避難仕切り取って繋げてもいい』と言ってくれて今ではウッドデッキ材を敷き詰めて両部屋を行き来できるようにした。


長い間、このエリアに住んでいるがわたしは資源・ゴミの収集日を覚えるのが滅法弱い。いつまでたっても曜日感覚が身に付かない。

クリスマスイヴの今朝。

水曜日と思い込んでいたわたしはお風呂上がりのビシャビシャの髪のままノーブラ×フリース+ショーパン&ビーサンスタイルで缶と瓶のゴミ出しへ向かった。

階段を下りたすぐそこがゴミステーションなのだが集まっていたそれらを見てやっと気が付いた。
「あ、今日資源ゴミちゃうわ。」
火曜日は古紙の日だ。段ボールが重なっていた。

ハァ~とため息し、踵を返して部屋に戻る。
階段をダラダラと上る最中「ウィ~ン、ガチャン」と音がした。

しまったッ!!ドアの前まで駆け上がったが時すでに遅し。

我が家は、オートロックなのである。
夫が引っ越してきた際に「便利だから」と付け替えたのだ。
アナログなわたしは手動でいいよと言ったがメカ好きな彼に根負けして設置したのだった。

いつもは夫がいるので中から開けてもらえるが、こんな時に限って出張で群馬へと発っている。
中には睡眠中のフレンチブルドッグしかいない。
スマホは机の上。
キーケースはバッグの中。
202号室の玄関もオートロック・・・。

つんだ。完全につんだ。

イブの朝にノーブラで空き缶持って玄関に棒立ちである。
さすがにメンタルに来る。

それでもこのままでは居られない。
わたしには出勤というミッションがある。
とにかく入室することだけを考えて脳みそをフルスロットルした。
幸いベランダの鍵は開いている…。


やることは1つ。
いくしかない、やるしかない。

迷いはもうない。
ミッションスタート。差し詰めわたしは今からトム・クルーズである。

何事もないような顔して1階へ降り、玄関まで回る。
何事もないような顔してマンションと一軒家との隙間に入る。
何事もないような顔して塀をよじ登り
何事もないような顔して塀の上を歩いて
我が家のベランダのすぐ下まで行き着いた。
101号室が現在空室なことを心の底から感謝した。

明らかに腰より上にあるベランダの縁。絶対に怪我しそうなザラついた壁。
でもこうなったら勢いと根性でよじ登るしかない。

飛べ、わたし!

シャー!!オラァアアアーーー!!と気合一発、
腹の底から声を上げ塀から縁へと飛び移った。
ちょうど段ボールの収集車が来ておりガツガツ慌ただしく作業してくれていたおかげでわたしの雄たけびは閑静な住宅街でもかき消されたことだろう。

ズザザザザーっと膝がこすりながら、死に物狂いで足をバタつかせ壁をよじ登り、ぷよぷよの二の腕に少なからず付いた筋肉を爆発させベランダへ転げ落ちるように着地した。
ウッドデッキを敷いていて本当に良かった。膝は擦り傷で大負傷したけどボディーは痛めずに済んだ。

玄関から出てったはずの主がゼエゼえ言いながらベランダから戻ってきて
犬は大層ビックリしたのか興奮して部屋を走り回っていた。

実に所要時間約15分の出来事だった。


今朝の一連の出来事を出張中の夫へ連絡し、ミッションのポッシブルを夫へフガフガと伝えたところ、まさかの返信が届いた。
「あれ?202号室は指紋認証で入れへんかったっ?」


落ち込んだりもしたけれど、わたしは元気です。
                    ______魔女の宅急便より_____

皆様、よいクリスマスを。

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