
まっしろ錬金術
フライパンに大量のバターを溶かして、同じ量の小麦粉を入れる。木べらでゆっくり混ぜながら、焦がさないようにじっくりと炒めていく。
バターと小麦がふつふつと煮詰まる様子を見ていたら、今年の夏に亡くなった我孫子ばあばのことを思い出した。
我孫子ばあばは、母方のおばあちゃん。千葉県の我孫子市に住んでいたから、父方のおばあちゃんと区別して、我孫子ばあばと呼んでいた。
ホワイトソースのつくり方を教えてくれたのは、たしか我孫子ばあばだった。料理上手な我孫子ばあばの代表作はグラタン。柔らかいマカロニや、上に乗ったザクザクのパン粉。全てが完璧に美味しかったけれど、一番の主役は、やっぱりとろとろのホワイトソースだった。
こんなに美味しいものを、どうやったら生み出せるのか。中学生のとき、キッチンに立つ我孫子ばあばのそばで、つくり方を教えてもらったことがある。
「今日グラタンなの?!うれしい!」「あびば(我孫子ばあば)のグラタンは世界一だよね!大好き!」とはしゃぐ私を横目に、クールな我孫子ばあばは「はいはい」と言いながら鬱陶しそうにキッチンに立っていた。
鶏むね肉と玉ねぎは小さく切って、冷凍のミックスベジタブルと一緒にバターで炒る。マカロニは、小さい虹のような型のもの。それを時間通りしっかり茹でる。
そしていよいよ、ホワイトソースづくり。スプーン大さじ2杯のバターをすくって鍋に落とす。バターがじっくり溶けてきたら、小麦粉を投入。「バターと小麦は、だいたい同じくらい」と教えてくれる。
当時、我孫子ばあばは何歳だったんだろう。すでに腰はすこし曲がりはじめていて、動きもすごくゆっくりだった。じっくり、じんわり、バターと小麦を炒める。
「ここは、しっかり炒める。焦げないように」
めんど臭そうに言いながらも、実はうれしいのを私は知っている。「なるほど!」と言いながら我孫子ばあばにくっついて、鍋の様子をじっと見る。
ふつふつと煮詰まってきたら、牛乳をちょろちょろ入れる。「ダマになるからね、ちょっとずつ」団子のようになっていたバターと小麦の塊が、だんだんとゆるんで、ソースになっていく。
コンソメで味を整えれば、とろとろのホワイトソースの完成。
そう。ホワイトソースの正体はバターと、小麦と、牛乳だけ。そんな素朴なものが、こんなに濃厚で美味しいものに生まれ変わるのが衝撃で、我孫子ばあばは天才だと思った。
今、わたしはお客さん出すラザニアのために、ホワイトソースをつくっている。
脳内には、我孫子ばあばの声。「バターと小麦は、だいたい同じくらい」「ここはしっかり炒める。焦げないように」「ダマになるからね、ちょっとずつ」
「別に誰でもつくれるよ。かーんたん」
できあがったホワイトソースは、とろとろでほっとする味。美味しくて、懐かしくて繰り返し味見した。
バターと小麦と牛乳。冷蔵庫にいつもあるこの3つを組み合わせれば、何度でも我孫子ばあばを召喚できる。
寂しくなったらまた召喚しよう。そして、あの優しいグラタンを食べよう。