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『ベランダ・チル』

※結婚式と披露宴にご参列いただいた
   皆様に配布したエッセイ


 「結婚の決め手は何だったんですか?」

 職場の飲み会で彼氏との結婚を考えている一人の女性社員にこう聞かれた時、少し考えた後に「やっぱり価値観が合うことです」と、ありきたりで気の利かない返答をしてしまった。もっと結婚への後押しをしてくれるような具体性のある決定的な答えが欲しかっただろうに、その女性社員をモヤモヤさせてしまったまま、その場のみんなでの会話は「そもそも結婚願望はあるか」という話題へと移っていった。
 その場で反射的に答えたのだから「価値観が合うこと」が結婚の決め手になったことは、やっぱり間違いない。じゃあ具体的にどこの部分で二人の価値観が合うのかについて、飲み会の後に改めて考えてみた。

 ……そうだ。ベランダ・チルだ。

 ベランダ・チル(※ベランダ・チルアウトの略)は、その名のとおり二人とも休日となる週末の午前中にベランダでゆるく過ごすことを指す。(チルアウト=落ち着く、くつろぐ、リラックスする)
 結婚する前からピクニックが好きだった我々は、お金を出し合ってコールマンのレジャーシートを購入していた。妻がキッチンでパンやコーヒーを準備してくれている間、そのコールマンのレジャーシートをベランダに敷いて、妻がニトリでお値打ちになっていたところを見つけてきたピクニックテーブルを組み立てる。
 どちらかが何かしら音楽を流してベランダ・チルの準備をしながら、オフモードへと切り替わっていくこの時間が好きだ。

 我が家で御用達の豆乳ラテを飲み、パン屋で働く妻がおこぼれに預かった何種類かのパンをブランチとして食べながら、今週起こったできごとやこの週末の予定についてなどをあれこれ話す。
 
 他にも、ゴルフをやらないくせにこのベランダに芝生を敷き詰めてパターの練習をできるようにしたいとか、夏にはこのベランダでスイカ割りをやりたいとか、ゆくゆくは赤提灯を掲げてベランダ居酒屋を始めたいとか、そういう適当なことを自分が言い始めたことに対して「いや、それはいいって」と妻がツッコミを入れる。
 それからある日などは、もしもお互いが芸能人だったらどうやって芸能界を生き抜くかなどといった、本当にたわいのない話に花を咲かせたこともある。ちなみに自分自身がイジられキャラに磨きをかけていきたい結論に至ったの対し、妻はゲストハウスで様々な人たちと接してきた経験から街歩きのロケで群雄割拠の芸能界を渡り歩いていくつもりらしい。
 
 また打って変わって、仕事やプライベートでの人間関係などの悩みを人生の修行としての目線で捉えて、今回はどのような修行でどのように克服していくべきか意見交換することだってある。ベランダ・チルは、思考の整理や何かを解決するヒントを掴むきっかけになり得る時もあるのだ。真正面からぶつかってばかりではなく、心にゆとりが生まれてこそ、ようやく見えてくることもある。
 
 とはいえやっぱりチルなのだから、何も考えないでこの街に流れる穏やかでゆるいグルーヴに身を預けてしまうのがやっぱり良い。空模様や雲の動きをボーッとベランダから眺めている時に、そよ風が柔らかく肌を撫でるのが心地良いし、ベランダでふと季節の変わり目を感じる瞬間もまた嬉しい。
 そして、二人とも何の違和感もなく、いよいよ日曜日の夕方から缶ビールとおつまみをベランダで広げ始めてしまっていて、そうやって結局考えることが一緒なところをまた新しく見つけると「あぁ、この人と結婚して間違ってなかったな」と、ふと思う。

 「やっぱり価値観が合うことです……例えば、ベランダで一緒にチルできるところとか!」

 もしもまたどこかで結婚の決め手を聞かれたら、次は胸を張ってこう答えようか。

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