10年前の憧れを、無事伏線回収した話。
突然だけれど、みんなはカルティエのCMをご覧になったことはあるだろうか。
そして見たことがなくともカルティエ、と言えば名前くらいは知っている人が多いんじゃないだろうか。
言わずもがな、フランスの有名な宝石ブランドである。
アクセサリーにあまり興味のない私でも知っていて、けれどもデパートへ行ったところで縁のないテナントだとその煌びやかな構えをただ眺め見るだけの存在だった。
それが私の中に唐突に憧れとして爪痕を残し、その後も居座り続けたのは、あれは私が中学生か、高校生かその辺り、今よりもまだ熱心にテレビを見ていて、吸収する情報もインターネットと良い勝負だった頃だ。
番組の合間、流れるCMを脳死で眺めていると、それは突然テレビをジャックした。
いきなり画面はシネマスコープのようになり、そこに宝石箱が現れる。
その中にはヒョウを模した宝石が入っていた、かと思うとなんとそのヒョウは砕け散り、いや正確には覆っていた宝石が鱗のように剥がれ落ち──、なんと生命を宿したのだ!
私たちのよく知る、野生の姿で。
その、美しさといったら。
そう、映画が始まったのだ。
私は突然別の映画が放映されてしまったとばかり思い、焦って新聞の番組欄を確認した程である。
ところがそんなことはなく、チャンネルも間違えていなかった。仕方がないので私はそれが何なのか分からずに続きを見る。
何より突然始まった謎に満ちた映画の正体、その圧倒的映像美に私は見届ける以外の選択肢が出来ず、いつのまにか脳死でみていたはずのCMに釘付けになっていた。
ヒョウは最終的に、女性のもとへ駆け寄り、共にどこかへ歩いていく、と思ったらそこはなんと宝石箱で。
直後、"Cartier"の文字が現れ、終幕。
そこでようやく、何が起きたか理解する。
これは、CMだったのだ。
CMでありながら、約3分半の、美しい映画だった。
そして突然私の中に強烈な記憶として棲みついた。
別の番組を見ていたはずだったのに、CMの枠が終わっても私はすっかりその映像の虜になっていて、気になって気になって仕方がなかった。
ああ、これがカルティエなのかと。
えらいものを見てしまった、と。
そのCMに心奪われてから、私は漠然といつか必ず、もしもそんな日が来るならば絶対にカルティエで結婚指輪を買おうと決めていた。
宝石ブランドなんてろくすっぽ知らなかった中高生の子供が、この時人知れず強く心に誓ったのだ。
今でも私の中で最強のCMといったら、カルティエは不動の1位である。
当時は今ほど奇を衒った変なCMが然程多くなく、まだ見ていられる時代だったと思うけれど、昨今のCMは低コストで短絡的に商品の知名度を覚えてもらおうと多少不快になるものが多く、幾らか辟易してしまう。
勿論抱えている尺とかけているコストが違うのだから仕方がないと言えばそうなのだが、それでもCMという枠組みからあのような心躍る有意義な時間を過ごしたのは後にも先にもこの時だけだった。
前置きが長くなり過ぎたのだけれど、私はそれから約10年後の今日、初めてカルティエの店舗に足を運び、結婚指輪を購入した。
男性サイズの在庫が店舗になく、取り寄せになるとのことでまだ手元にはないけれど、それでもあれから憧れは消えることなく10年越しに初めてお店へと足を踏み入れ、お目当ての結婚指輪を買ったのだ。
憧れをモノにした、念願の瞬間だった。
私は懐かしいなとYouTubeで当時のCMを漁り、改めてやっぱり素敵な映像だと思うと共に、まんまと私はこのCMにつられて商品を購入したのだから素直にやられた、と思う。
けれど少しくすぐったく、不思議な感覚だった。
是非、あの映像を見てほしい。
あれが一切何も知らずに突然CMの枠に流れてきたら、ヤバいと思う。
本当はYouTubeからリンクを貼りたかったのだけれど、公式から出されているものは見つけられなかったため、断念しておきます。
さて、あの映像を憶えている方はいらっしゃるでしょうか。
そんなこともあったなと思うでしょうか、懐かしいなと思うでしょうか。
きっとどこかにはいるのでは、と信じています。
もしくは私のように、図らずも企業の策略にドボンとハマり、軽率に憧れを抱いてしまった者も。