ひーちゃん2
ひーちゃんの訃報に接して10日程過ぎた。
ひーちゃんは親兄弟や親戚でもなければ、ひーちゃんの大ファンで活動をつねに追いかけていた訳でもない。
わたしは遠くからぼんやり見ていただけの人(ファンというのすら烏滸がましいレベル)だ。
それなのに、相変わらふとした瞬間に「あぁもうこの世界にいないんだな」という悲しみに飲み込まれて困っている。
悲しみに飲み込まれるのに、涙が全く出ないことにも困っている。
あぁもうこの世界で必要な肉体がなくて、声もなくて……不意にそんなことを思ってはどんよりと落ち込む。
25年前の5月7日、本願寺から仲間の手で運ばれるhideちゃん(のお棺)、車が斎場に向かって走り出した映像が頭に浮かんだ。
テレビの前もテレビの中も、あの日は夏のように暑い日だった。
太陽の眩しさ、遠くから風に乗って聞こえるhideちゃんの歌声(good-byeが流されていた)、「これが本当に最後のお別れです」みたいなワイドショーの悲しみを誘うナレーション……あの悲しくて重たい空気に、時を経てまた飲み込まれる。
そういえばあの時、ひーちゃんは倒れたんだった。
そんなことを思い出しても落ち込む。
あの日も、hideちゃんだった肉体がもうすぐ消えてしまう、そうしたらもう目では見えない、目が覚める可能性が消えてしまうと悲しくなった。
25年経って、今のhideちゃんはというと、色々な姿で、自由にあちこちを飛び回り、わたしを含め色々な人の中で生きていることを感じる。
だから33歳でこの世界からいなくなってしまったことは寂しいけれど、それでもきっとhideちゃんのこの世界での寿命、天寿だったんだよね。ねぇねぇ今はどこにいるの?と笑って尋ねられるくらいにはなった。
ひーちゃんに笑って尋ねられるようになるのはいつになるやら。
TAIJIさんの時はびっくりし過ぎたのと、初期報道が結構過激だったから、なにしてるんすか??と怒りが湧いて、最初は全く悲しくなかった。
けれとX JAPANメンバーからのコメントが出た時に、ひーちゃんのコメントの中で、静かに笑っているTAIJIさんの姿が浮かんで泣いたんだった。
これまた落ちこむ。
ただ唯一良いのか悪いのか
“しんみりしないでください”、“明るく楽しく見送っていただきたい”
ひーちゃんの声で、この言葉が脳内再生されるようになってしまった。
この言葉は寂しいんだけれど、ひーちゃんの声を思うと、ひーちゃんってやっぱりいい声だよなぁとちょっとニヤリとした。ひーちゃんって、いい声なのだ。
声の先が丸いというのかな?ガチャガチャ、シャカシャカしてないというか、金属感のない声とでもいうのか。柔らかくてさらっと甘めのいい声なんだ。
うまく説明できないけれど、「We are」の煽っている動画を見つけた日には何度リピートしたことか。ライブ版WEEK ENDのハモリの部分を何度繰り返し巻き返し聞いたことか。思い出して少しだけ笑う。
しばらくは悲しくなるたびに、ひーちゃんの声を脳内再生させましょうか。WEEK ENDも聞きましょうか。
そしたら少しは心が晴れるかな。
ついついまた、あちらの世界にあるメンバーにばかり目を向けてしまったけれど、今日はYOSHIKIさんのX歳のお誕生日。
お誕生日を迎えられるって当たり前じゃない…だからよかった。本当によかった。
こちらにいらっしゃるメンバーの皆さんには、出来るだけこちらで、素敵に、元気で、幸せに年を重ねてほしいなぁと思います。