【短編小説】タイムトラベラーカトー
タイムトラベラーのカトーさんは飲み会がある日の午後に決まって会社にやってくる。こちらも予定をあまり入れないようにして待っている。
「時間移動できることになってスマホのゲームがガラっと変わるわけよ。デイリーボーナスや次のターンまでの待ち時間が意味無くなってしまったから。今まではそれでユーザーを引き止めたり、時間短縮するアイテムを売ったりしてただろ?そういう工夫の積み重ねが全部水の泡になったわけ。」
カトーさんは具体的な日付や詳細な話はしないけど、なんとなくタイムトラベラーっぽいことを本当っぽく話す。それは面白いし、いつか役に立ちそうだなと思う。そしてその流れで飲み会についてきて刺身を食べて帰る。
「時間移動できるようになっても、今年の漢字だとか流行語ランキングは変わらずやってるんだ。そういうのが続いてると安心なんだろうな。今年はこういうことがありましたねってみんなで話せるとほっとするんだ。」
カトーさんはお酒を飲んでもあまり変わることなく淡々と話をする。タイムトラベラーであることが決定的になることを話すことはない。タイムトラベラーを装っているだけかも分からないことを話す。
話をしながらイカ刺を箸ですくって食べる。楽しそうに笑う。カトーさんは刺身が好きだ。
未来では生魚やイカがそんなに美味しくないのかと聞いたことがある。
「そういうことは話しちゃだめなんだ。でもね、美味しいと思うものは今のうちに遠慮しないで食べておきなよ。この刺身はとても美味しいよ。」
その時のカトーさんは普段よりゆっくりとした優しい口調だった。
「じゃあまた飲み会で。来月の飲み会は先週出たから、次は忘年会かな。」
カトーさんは飲み会の終盤、簡単に挨拶をして帰っていく。おかしなこと言ってるけど来月も飲みに来るらしい。タイムトラベラーの振りをしているだけの人だろうけど、一緒に飲むのは楽しい。