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【短編小説】女性行員の正解
「あれ、自分の所も一枚噛んでるんだけど、まさか実用化するとはね。」
先日発表された銀行の窓口業務をAIとCGを使って対人接客風に置き換えて省人化するプロジェクトに先輩のところも関係したらしい。
大学時代のサークルの先輩は、今どういう仕事をしているか分からない。自分からも言わない。聞けば教えてくれるのだろうけど、それよりも思いついたアイデアとか、経験したこととか、珍しい話を話したがる。本人が携わった仕事なのか、誰かから聞いた話なのか、ただの思いつきなのかも良くわからないような話だ。
普段はそんな風なので、仕事で関係したという話は珍しい。
「ネットバンキングやATMがあるのにわざわざ窓口に行く人は、それだけで行動はかなり決まるものなのよ。その大半が人と話がしたいんだ。たいした内容じゃなくても銀行の人間とコミュニケーションする体験がしたい。そこでリアルなCGとAIを使った音声でのやりとりだったわけ。」
ニーズ自体は実用化するずっと前から知られていたことだった。機械より人間にやってもらいたいと思えば窓口へ行く。アプリやATMに慣れている若い人よりお年寄りの方がその傾向が強い。その分、窓口の数は減って行き、ATMは一階、窓口はエスカレーターで二階という支店も珍しくない。
その窓口業務をほぼ無人化してしまおうというのは、技術的に実現可能になりつつあるとはいえ、いささか乱暴ではないか、どこかがやりはじめるのは時間の問題かもしれないがそれでも……という空気の中での登場だった。
「実際の様子を取材や見学に来ていた人達も、分かっていれば気づくけど、気づかない人がいても不思議では無いレベルなので、AIだと知らずに会話をして笑顔で帰っていくお年寄りにかける言葉がなかったみたいでね、便利になったと手放しに言って良いのか難しい顔をしていたよ。」
騙していると言うと聞こえは悪いが、体験としてそれまでと変わらなければそれで良いじゃないかと言い切るのもためらわれる。先輩がいつも話しているような微妙な状態だ。
「採用されなかったけど、ATMでもCGの女子行員が案内する仕組みを作ってみたんだ。今までの画面は文字とボタンだけだったよね、せいぜい誰が描いたか分からないイラストが数秒間に1度お辞儀をするアニメみたいなのがあるくらいで。」
それは気味が悪くないですか?ATMは文字や数字の情報が表示されて、ボタン操作できるだけで十分ですから。
「そうなんだよ、テストに参加したほぼ全員がネガティブな反応だったし、操作時間が長くなった。分かりきっていたことだけどね。でもね」
そこで先輩が言葉を切る。いつもみたいにニヤニヤしている。きっとここからの話がしたくて話をしに来たのだろう。こうやっていつも、どこの会社に勤めているのか?なんてことを聞けないでいるのだけど、そういうことは後回しで構わないのも事実だ。でもね、何だろう。
「ためしに女子行員でなく、リストラされた風なおじさんのCGにしたら、ウケちゃったんだよね。多くの人がご苦労様と心の中で思ったらしい。記帳や出入金の待ち時間もストレスが少なかったという意見が多かった。必死にやってくれてそうだと思ったらしい。それはそれでどうなんだ?という話ではあるのだけど。」
おじさんになるとATMの中に押し込められた残念な人みたいに思うのか。年齢問わず人間は印象でどうにでも出来てしまうのかも知れない。
そうなんですか、面白いものですねえ。
「結局採用されなかったしね。今ので問題ないんだから当然だけど。」
面白い実験で終わりましたね。そんなこと思ってもみなかったです。
「テストに参加したおばあちゃんが、おじさんのATMに飴を置いていったのは参考になったよね。窓口の仕組みでもお菓子は受け取ってお礼を言うようにフィードバックしたんだ。」
おばあちゃんが飴をあげる光景は目に浮かぶ。それを突き返すのも角が立ちそうだ。
「おじいさんの中には女子行員のCGに、名刺や電話番号を渡そうとする人がいるんだよ。気持ちが若いよね。銀行だし連絡先は分かってるのだけど。」
その時はどうするんですか?
「通常通りの笑顔でありがとうございました。で終わりなんだけど、なんだか満足気な顔でおじいさんは帰るんだよね。なので正解なのだろうけど。」