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【短編小説】先生の呪いの言葉

「新年度の授業をはじめる前に、呪いについてお話します。」

 現国の先生は痩せていて背が高く、白髪で目がギョロギョロしていた。
 そんな人が低く通る声で最初に話したのが呪いについてだった。
 物騒な話題だけど丁寧な穏やかな口調だった。

「みなさんは映画や漫画で何かしら呪いの話を知っていると思います。
 呪われることで何か良くないことが起きることが殆どです。
 では具体的に呪うというのは、いったい何なのでしょうか?」

 先生が最前列の生徒を窓際から順にギョロ目で見つめて問いかけた。

「魔法陣とか?」
「干からびたヤモリを使ったり?」
「真夜中に藁人形に五寸釘を打つとか?」
「ビデオテープに怨念をこめる?」
「三年殺し?」

 最初はなんの話か分からず、探るように答えていたものの、先生の言うようにみんな何かしら呪いの話を知っていて、徐々に熱が入っていった。
 誰かが喋ることで思い出す話がいくつもあり、思っていた以上に色々な呪いの話があった。先生そっちのけで話が盛り上がった。

「楽しそうですが、そう簡単に単位が取れると思ったら大間違いですよ。」

 ざわざわしていた教室に先生の声が響いた。
 怒鳴ったり大きい声を出すわけでなくても、先生の声は通った。
 不思議と耳に届いた。一気に静まる教室。
 先生のギョロ目は宙を見ていた。

「これが呪いです。」

 驚いて集まった生徒の視線に一度ゆっくり目を閉じてから話す先生。

「今日の授業と単位は関係はありません。次の授業から頑張ってください。
 簡単に単位は取れない、というのも一般論です。
 授業に出席して話を聞いていれば単位を落とすことも無いでしょう。
 それでも、そんな言葉が呪いになることがあるということです。」

 急に話が変わって盛り上がっていた熱が一気に冷める。
 自分から質問しておいて何を言っているんだ?と睨む男子もいた。
 視線を返すことなく宙の一点を見つめて先生は話した。

「ここまでの話で私が苦手だなと感じたら、授業は大変かも知れません。
 何か別の理由で単位を落としても、今日のせいだと思うかも知れません。
 そうなってしまうのだとしたら、それが呪いです。」

 ねえ、いまって現国の授業じゃ……。女子が誰かにささやく声がした。
 思ったより周りに聞こえてしまい最後まで口にするのをやめてしまう。

 声のする方を見ることなく先生は同じところを見て話を続けた。

「言葉というものは誰かに何かを伝える機能を持っています。
 口にすることで上手く行くことは沢山あります。
 そのために言葉を使います。
 時に他人や自分の行動を制限したり支配してしまうことがあります。
 それで上手く行かなくなることもあります。
 そして口にしてしまった言葉は消せません。
 呪いになった言葉は消せないのです。」

 中学から野球をやっている男子に向かって先生が話しかけた。

「あなたはこれから野球をすると思います。一生懸命やるでしょう。
 目標を言葉にすることは大事だと教わると思います。
 それは実際その通りです。目標を実現するために必要なことです。
 時に自分は野球しかないんだ!と強い言葉を口にするかも知れません。
 そのくらい熱中することも、自分を追い込むことも大事でしょう。
 だけど、野球しかないというのは言い過ぎですよね。
 それが呪いになってしまわないよう気を付けてください。」

 そう言われて他にも野球部に入る予定の男子が顔をあげた。
 先生は男子たちに目を向けて軽く微笑んだ。

「これはお説教みたいに聞こえるかも知れません。
 みんな言葉を無意識に使っています。使えています。
 話したり書いたりするのが得意な人や、読んだり理解するのが苦手な人、間違えて理解してしまう人もいます。
 使えているつもりで使えていないことだって少なくありません。
 そう思うと簡単そうで実は難しいことをしているのかも知れません。

 そんな意識を少し持って授業を聞いてもらえるとありがたいです。
 授業の内容を間違えたり、誤って伝わることだってあるかも知れません。
 ちなみに、これは呪いではありません。」

「私は間違えない、失敗しない、と言うのは呪いっぽいのかも。」

 つい、思ったことをつぶやいてしまった。
 先生は少し驚いて私の目を見つめ、ゆっくりうなづいた。

「そうですね、そういうのもフィクションの中だけの話ですね。
 先生も他の大人もみなさんも人間みんな間違えてしまうことはあります。
 できることなら全体に良い方向に運べるよう、それを呪いが邪魔してしまわないよう、できるだけ言葉を考えてもらえると嬉しいです。」

 印象に残る不思議な授業だった。

 先生の授業はそんな風にちょっとした脱線をすることがよくあった。
 具体的に役に立つようなことはなく、受験の邪魔だという評判もあった。
 それはそうかも知れないが、自分はそれが好きだった。

 卒業して数年後、先生が学校を辞めさせられたと風の噂で聞いた。
 前から言われていた評判が原因だったそうだ。
 これも呪いですね、なんて先生は言ったのかも知れない。
 
 先生にまた会いたいと口にすれば、いつか会えるかもしれない。
 その時どんなことを話すのか想像もつかない。
 まだ口にするのはやめとこう。


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