今日は、良い。
今日は、良い。
両腕が思うように動く。複雑なフィルを寸分の狂いも無く刻む。リズムもブレない。何より客のノリが最高だ。右足がペダルを踏み込むリズムに合わせて客が揺れる。気持ちが良い。
ガーガーうるさい派手なギター。それと対象的に海の底から響くような重苦しいベース。出している音はまるで違うのに、元からそういった音があるかのように見事に絡み有っていく。そこにボーカルの中性的な声が乗っかった。演奏を壊す事は無く、そのメロディが無い状態が想像出来ない程にきっちりとハマっていく。
そして、その全てを俺のリズムが束ねた。ザラついた金属音が、弾ける打音が、メロディの中に溶けて、主張して、また溶ける。次第に馴染んで、1つの曲になった。
今日は、良い。
一体だ。4人で一体。そして、客も合わせて一体。ライブハウス全体が1つになるような。通りかかった客が思わず息を飲んで足を止めるような。会心の中に俺達はいた。
最高の気分だ。高揚感を抑えきれない。視界を塞ぐ前髪を頭の動きで振りはらう。その動作のまま右腕を大きくクラッシュシンバルに振りかぶった。偶然にも他の3人と目があった。全員、笑っている。俺も、笑っていた。
「―――――――――――ッ!!」
声にならない叫びを上げ、右腕を思いっきり振り抜いた。「クラッシュ」シンバル。その名に恥じない音が、まさに弾けた。
終わりたくない。終わらせたくない。
ギターが勝手に本来は無いソロを弾き始める。やけにピロピロ煩い臭いメロディ。なのに最高にマッチする。入れ替わりにベースソロ。今までとは打って変わって高速のスラップ。ギターがとっさにそれに合わせて引き立てる。崩れない。無茶苦茶なのに、それでも崩れない。ボーカルは叫び声を上げ、俺にも見せ場が回ってくる。ギターとベースが交互に合図をくれる。その隙間に、持ちうる限り最高の打音を、最高のリズムでねじ込んでいく。
嗚呼、楽しい。終わらなければいいのに。この演奏を、いつまでも続けていたい。
今日は、良い。
待合室で、4人そろって床に伏っしていた。一歩も動けない。遠くに対バンの演奏が聞こえるが、それどころではない。心臓の音がやかましい。座ろうとした椅子はそこらへんに転がってしまった。冷たい床の感触が気持ち良い。バスドラムの振動が伝わって小刻みに揺れている。
スティックのチップ部分が途中で折れた。構わず叩き続けると今度は完全に中ほどで折れた。客席にそれをブン投げてやった。ギターは1弦と2弦が千切れ、ベースの右親指は爪が割れ、今でも血が流れている。ボーカルに至っては暴れ過ぎて額から流血していた。満身創痍もいいとこだ。
こんなにボロボロになってまで、一体何をしているのか。
未だ整わない荒い呼吸のまま、酸欠気味の頭で考える。
金になるわけでもない。プロになろうとしているわけでもない。何の意味も、ないのかもしれない。
何の意味も、ないのかもしれない。
それでも、この一体感を味わえるなら、他の事はどうでも良いのかもしれない。
残った1本のスティックを照明に向けて、呟いた。
今日は、良い。
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