【この声、実は「私」です!】第4回 鈴木 佑梨さん
普段生活するなかで何気なく聞こえてくる声。一体誰の声なんだろう?一度はそう思ったことがある方も多いのではないでしょうか。
連載企画、【この声、実は「私」です!】では、〇〇の声を担当しているナレーターのみなさんにお話をうかがいながら、ナレーターという仕事の魅力をさらに知ってもらおうという企画です。
第4回目の記事は、バスや鉄道の車内アナウンスのナレーター鈴木 佑梨さんにお話を伺いました。
バスや鉄道の車内アナウンスを27年以上担当
車内アナウンスはどのような経緯でお仕事をされるようになったのでしょうか?
もともと大手ナレーター・声優事務所にお世話になっていたのですが、そこを退所したあとから担当させて頂いているお仕事です。最初に収録したのは27〜8年ほど前でしょうか。フリーになって、仕事を探さなければならない!ということで、同じ事務所で活動していた仲のいい友人と二人で、お互いがお付き合いのある制作会社などを紹介しあっていました。
私はイベント制作会社とのお付き合いが多く、一方、彼女は元局アナだったこともあり、ナレーション関係の制作会社については彼女にお世話になりっぱなしでした。彼女なくして今の私はありません。その友人が、バスなどのアナウンスを制作している制作会社を紹介してくれたことが車内アナウンスの仕事をはじめるきっかけでした。
車内アナウンスは1人が受け持ち始めると結構長く担当するんです。何十年も担当している方が多い。なので本当に稀に補填をするといった感じなんですよね。私がオーディションを受けた時も、3〜4人がオーディションを受けて、合格したのが2人だったと思います。
車内アナウンスは、地名の読みやアクセントがさまざまで大変そうなイメージです。
まず、放送原稿の大きな更新・改定は、基本的に年に一度です。その年に指示を受けたアクセントは、アナウンサーがメモをしておき、翌年の更新の際に、そのメモを見て、不明なアクセントを確認していました。
〇〇町(まち)か、〇〇町(ちょう)か読み方が書いていない原稿が山のようにあった時代もありました。アクセントにおいては、共通アクセントで読んでくださいというところもあれば、この停名に関しては、方言アクセントで読んでほしいというところもあったりするんです。そして各バス会社のご担当者によってアクセントが違うなんてこともあるんです。ご出身地が違えば、アクセントも変わりますからね。なので、結局正しいアクセントがわからない場合もあります。
とある土地に長く住んでいるご高齢の方がおっしゃっていたのですが、「〇〇本町(ほんちょう)と昔は言っていたけど、今は〇〇本町(ほんまち)って言うわよね」という行政も知らないようなことが起こったりしています。私も最近知りました。実は、役所の方も「え、そうでしたっけ?」というようなことがあったりするんです。
読みもアクセントも毎回確認しないといけないんですね。
音声合成の技術が導入される前、アナログのテープ時代はあまりアクセントに厳しくなかった印象です。その後、デジタル化され、音声合成で車内アナウンスを流すようになってからは、「次は」だけ、「〇〇(バス停名)でございます」だけ、というように短い文を収録して、それを合成していくということもあり、アナログ時代よりアクセントに厳しくなりました。どのアクセントを採用しようかということを、アナログ時代より吟味するようになったという感じです。
実は、車内アナウンスを始める前、ナレーションや芝居をしたい人はやめた方がいいと言われたことがあるんです。当時、バスの車内アナウンスは、(もちろんすべてではないですが)独特の癖やうねりがある喋りをしていた風潮がありました。それも味わいの一つでもありますけどね、電車の車掌さんのアナウンスみたいな。なので、VPなどのストレートナレーションができなくなるよって言われたんです。「私は絶対そんな癖を身につけない!」と覚悟してやっていたことが幸いし、当時のバス特有の癖を身につけることなくVPのお仕事も同時期にさせて頂いていました(笑)ま、今も別の細かい癖はありますけどね(苦笑)
車内アナウンスの収録の様子
車内アナウンスの収録の様子を教えてください。
バスの車内アナウンスの収録の様子はこんな感じです。(※アナログ時代の収録)
正面にマイクがあり、手元には1系統…例えば渋谷から新宿までの「次は〇〇(バス停名)です」というバス停名が書いてある、横書きの何ページにも渡る原稿があります。
原稿には、「次は〇〇(バス停名)、〇〇でございます」とまずバス停名が書いてあり、その次に【業1】、次に【CM24】と書いてあるんです。【業1】というのは、業務放送の1番を指しています。
収録時、何が起こっているかというと、「次は〇〇(バス停名)、〇〇(バス停名)でございます。」と言ったら、マイクの左側に起立して置いてある【別紙】という業務放送だけが横書きに羅列されているA4用紙1枚の原稿のなかから該当する業務放送を見つけ出すんです。そして、なるべくマイクから口が離れないように、少し左に目線をずらして業務放送を読む。次は【CM24】を読まなければならない。今度は右側に立てかけているCM原稿を見て、該当するCMを目だけで探し出して、横目で原稿を読みます。
読み終わったら、次のバス停名の原稿に戻って、どんどん読んでいくと言った感じです。因みに業務放送とCMの読む順番は、逆もあります。CMの次に業務放送の順が多いかもしれません。
収録の時は、まず調整室からピンポーンというバスのチャイムが鳴ります。チャイムが聞こえたら、「次は〇〇(バス停名)、〇〇(バス停名)でございます。」と読み、【CM5】「〇〇区役所へお越しの方は、こちらでお降りください」【CM10】「痛くない歯医者さん、〇〇歯科はこちらです」と読む。次に、【業務放送3】「手をあげて、横断歩道を渡りましょう。この交通安全キャンペーンは〇〇警察からのお知らせでした」と読み終わったら、すぐにピンポーンとチャイムが鳴る。
ピンポーンって鳴ったら、どんどん読んでいかなければならない。なので休めないんですよね。バス停名が書いてあるB4縦の原稿をめくりながら、カフを上げ下げし、ピンポーンと鳴ったらすぐに喋る。というのを収録ではやっているんです。
読み始めると1系統がだいたい15分〜20分ということが多いですが、地方の路線になると1時間くらい走っているバスもあるわけです。1系統だけでなく、何系統もの車内アナウンスを収録するので、結構な枚数の原稿を読むんです。とっても体力を使いましたね(笑)
黙々と読んでいくだけでなく、停名のアクセントはどうだったかなとか、読み方はどうだったかなとかについても考えながら読んでいくわけなので、それはそれは大変でした。
想像を絶するほどの大変な収録ですね。
そんな中、鈴木さんが工夫されていたことはありますか?
体力勝負の大変な収録の中で、楽しみを見出していかなければいけないと思っていました。なので、私は慣れてくるとその経路を想像しながら読むように心がけています。
例えば、自分自身が行ったことのある土地であれば、バス停がある場所の風景や雰囲気は知っていますが、地方の路線だとその場所を知らないことが多いですよね。
今担当させて頂いている車内アナウンスだと、例えばアルピコ交通さま。路線の中に、松本城や上高地が出てきます。松本には行ったことあるので、あの辺だな〜この辺だな〜と想像して収録に臨みますし、本当に知らない土地を担当する時は、風景を想像したりしますね。
同じ町名で、1丁目から6丁目まである場合もあるんです。そうすると似たようなバス停名が続いてきてしまいます。その場合は、「〇丁目」の部分をものすごく大切に言おうと心がけています。バスの車内アナウンスであっても、相手に語りかけるように、語りかけるように意識して読んでいました。
優しいアナウンスをするために私が工夫していたことは、お客さんを具体的に想像するようにもしていました。例えば幼稚園児が乗ってきた。わーい!わーい!って言いながら楽しそうにバスに乗っているその園児たちに語りかけようって想像しながら読んだりしていましたね。そんな風に、楽しみを自分なりに見つけています。ハートを持って、伝えたいなという気持ちで収録に臨んでいます。
車内アナウンスの経験を経て、その後に影響があったなと思うことはありますか?
長尺のお仕事が多いかもしれませんね。今日(取材日)もオーディオブックの収録をしてきたんです。長尺は体力を使うので大変ですが、多いかもしれませんね。
車内アナウンスの経験をしたから他のナレーションに影響があったというより、私の場合は車内アナウンスを担当しているということに助けられているんです。
というのは、私、実は口唇裂という障がいを持って生まれました。鼻の下が切れて生まれてくる障がいです。内側の歯茎にも裂が入っていて、歯が少し変な風に生えてきたりとか、鼻の中も普通の人と同じではないんです。なので、喋る仕事をするには悪い条件満載なんですよね。
いま振り返ってみるとその影響があったと思うのですが、10年以上、発声障がいになってしまい燻った時期があったんです。喋れなくなってしまったんです。声は出るのに、舌の使い方がわからなかったり、息が止まってしまって前に出ない、舌の形がアの形か、イの形かわからなくなってしまったんです。極端な時には、普段の会話でも言葉がうまく出なくなってしまったことがありました。
すでに車内アナウンスも音声合成にはなっていたのですが、私の音声データが大量に蓄積されていたんです。もし私が辞めてしまったら、次に担当される方の声で大量のデータの録り直しが必要になってしまう。正直、諦めかけたこともあったのですが、辞めてしまうことでものすごく迷惑をかけてしまうので、なんとかしてこの仕事を継続しなければならないと諦めませんでした。
「何回も録り直しになってしまうかもしれない。申し訳ないです。」と制作会社さまに相談したら、ありがたいことに、私の状況を理解して、付き合ってくださったんです。
今は、おかげさまで1日5時間も喋り続けるオーディオブックのお仕事ができるようにまでなりました。私が声の仕事を辞めずにすんだのは、車内アナウンスのおかげかもしれないなと思っています。
正直、今もドキドキしながら収録をしています。オーディオブックは長尺なので、疲れてくると滑舌に出てしまうんですよね。誰しもそうなるとは思うのですが、私みたいに障がいをもっているともっと顕著に滑舌に影響してしまうんです。なので日々、メンタルと戦いながら収録に臨んでいます。
今後の目標や展望について
今、高齢者の方々を中心に生涯教育のような感じで朗読を教えているのですが、朗読は継続していきたいなと思っています。これからAIも台頭してくるなか、私はどうしたらいい?と考えたときに、血の通った、魂のある表現の場を守り続けていきたいなと思っています。人間の声でしか表現ができないブレや揺れ、相手や環境に合わせた即時の反応など、今のところAIにはできそうにないことを大切にしていきたいです。
若い方に申し上げたいのですが、とにかく自然の中に身を委ねてください。木と対話したり、風や湿度を感じて、自然の中からしか学べないことが肝要です。人間らしく、AIに負けないために。そして私は朗読をはじめ、ナレーションや司会の経験を活かして、まだまだお役に立てたら嬉しいなと思っています。
また、発声障がいで悩んでいる方々のお役に立ちたいとも思っています。抱え込みすぎずに相談してほしいですね。もし悩んでいる方がいらっしゃいましたら、TwitterのDMも開放していますのでご連絡いただけたらと思います。