絵を描いた話
このまえ、絵を描いた
元から表現すること自体が苦手だった
表現した先に
現れるものは自分じゃないという葛藤
これじゃないということだけがはっきりとわかる
そもそも現すスキルも持っていなかったし
絵も、音楽も、無縁な人生を送ってきた
唯一昔から好きだったことばだけは
少しはできると思っていたけど
表現としてのことばになると
わかりやすく伝わりやすい、
だれかの、広い世界のことばに変わっていった
そこで表現されたのは、自分ではなく
自分の膜のぎりぎりにある
自分なのかすらもあやふやな自分
それはきっと表現する先があったから
届くようにすることが目的だから
そこからの乖離を感じていたのだろうとも思う
noteを書き始めて
表現の目的が誰かのためにではなくて
自分のためになったとき
ことばは溢れ出し
思考の少し外からまとまりのない文章が綴られた
それは確かに自分の内側にいるもので、
確かにあるものだったし
そこにある自分を眺められることができるようになった
表現できないもどかしさすらも
それが表現されていることをわかってきた
そしてこのまえ、絵を描いた
そこに現れたものは、
このnoteに書いていることば達と
とっても近いものを感じた
伝えなくていいんだ
わかってもらえなくていいんだ
ただ、いろんなものを感じ取ってもらえたとき
じぶんが生まれるんだというのも感じた
ああ、表現ってこういうことなんだな
きっとこれからも
自分を表すことなんかできなくて
そのなかで少しでも近いなにかを
人は、私は表現し続けて
そこから少しずつ
わかってくるものが
伝わるものが
そこにあるなにかが存在していることが
わかってくるんだろうな
また、描いてみたいなあ
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