妖怪達の遥かな時間達

※この小説は『東方Project』の二次創作作品です

 その日、店主はいつものように売り物の道具で遊んでいた。無縁塚で拾った石油ストーブに、オイルを補充したりつまみを動かしたりした。

 ぽつぽつと窓に水滴が貼り付く。その様子を眺めるだけでも暫く時間は潰せそうだと店主は思った。
 そうこうしている内に、店内は冷え冷えとした。店主は椅子をストーブの前に持っていき、そこに座って本を読み始めた。最近は外の世界の歴史書が個人的な流行らしい。幻想郷の歴史書と違って数が桁違いに多いし、それに種類も豊富だそうだ。
 しかし"歴史"書というのに、一つではなくこんなに沢山あっていいものなのか?

 店主は椅子に腰かけ、足を組んだ状態で本を開いた。それは、横アングルから見ればそれだけで絵になりうる様相だ。しかしこれ程の美男なのに、来る日も来る日も一人で夜を過ごしている。
 なんてったってこの男、自分を好きな奴が好きじゃないってさ。自分が幸せだと自覚すると良心の呵責に苛まれてしまうんだと。

 雨は強さを増し、空は漆黒に蝕まれていった。騒々しい雨音の合唱が、不協和音となって店内に響く。
 間もなくして、その扉から誰かが駆け込んでくる。姿を現した白澤は、服から頭からと多量の水を垂れ流していた。
「すまないが、雨が止むまで留まらせてはくれないか? なんせ、急に雨が強まったものでね」
 店主は慌てて椅子から立ち上がって、奥の部屋から持ってきたバスタオルを白澤に渡した。店主は一度その白澤を猜疑の目で見たが、すぐにそっぽを向いて、邪念を振り払うように頭を振った。
「ちょうどそこにストーブがあるから、そこで温まると良い」
「そうか、助かったよ。ところでさっきまで君も此処で休んでいたんだろう? 一緒にどうだい?」
「いや、結構だ」
 店主はそう言って、椅子をいつもの勘定場の前に移動させた。
「まあ、分かっていたさ。君に恋沙汰なんて‥‥‥」
 白澤は口を零した。

 彼女の横顔もまた、麗しき相貌をしていた。ならば大抵の男なら一口口説くだけで靡くだろう。
 しかしなんたってこの女、完璧な奴が好きなんだってさ。完璧な奴が生涯の相手を求める事なんてないと知っていながら。

 寒さに耐えかねたのか、いつの間にか店主もストーブの前に腰を下ろしていた。
「雨がなかなか止まないな」
 白澤は言った。
「そうだな」
 店主は悴んだ手を放射熱と摩擦熱で温めていた。
 そうして、会話は終わった。二人の間にはどう解釈すればいいか分からない程度の隙間があったのだが、その距離に変化が訪れる日は来るのだろうか。

 結局、夜の内に雨は止んだ。白澤はお礼を一言言って、その扉から出て行った。

 ――この日も彼らの仲は変わらないままだった。しかし、それでもいいのだろう。どうせ彼ら妖怪達にとって、時間は幾らでもあるのだから。


 その日、その店主は五月晴れの温かさに眠気を誘われていた。無縁塚で拾




「君、いきなり香霖堂に来て、いきなり本を大声で読み始めるなんて、どうかしているぞ。買う気が無いなら出て行ってくれないか」
「私の名前は”君”じゃなくて”古明地こいし”だよ」
「そんなことを言っているんじゃない。はぁ、全く‥‥‥」
 その店主は溜息を深く吐き出した。
「まあまあ、そんなおっかないこと言うなよ霖之助~」
 戸棚の後ろに隠れていた普通の魔法使いが姿を現した。
「で、結局こいしは何の本を読んでたんだ?」
「お姉ちゃんが途中まで書いてた本を勝手に取ってきた」
「あはは、それはちょっとヤバイと思うぜ。一般常識学んだ方が良いんじゃないか?」
「じゃあ魔理沙も早く溜まったツケ払ってくれないかな?」
「おっと私は急用を思い出したぜ、じゃあな霖之助~」
 そう言って、普通の魔法使いは箒に乗って空に駆けて言った。

 ――残った妖怪と妖怪もどきは、空に浮かぶ魔法使いが遥か遠く、粒にも見えなくなるまで眺めていた。


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